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ALBATROSS

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死ぬまでいなくならないで

金曜日の夜はみんなそわそわしている。多分、ほとんどの子がデートだから。うちの部署は未婚の適齢期の女性が多い、言ってしまえば顔採用の窓口だから尚更だ。私たちは自分で言えるくらいには見た目が良くてグリンゴッツに就職出来るくらい優秀だから選り取りみどり、なんだけど……。

「今日の夜勤、私も入る」
「……どうしたの、なまえ」
「突然ね。まさか、……今日の担当ビルもいる!」
「いやいや、ビルは既婚者よ?」
「別に狙ってないよ! っていうか私にもかれ……彼氏……いたし……」

強固な守りであったはずのグリンゴッツ銀行に侵入と盗みが頻発してから設置された緊急用の夜勤窓口は各部署から一人ずつと決まっている。今日の担当に自分の札を追加して、本来の担当の子からは「ありがとう!」と声が飛ぶ横から、「過去形?」「おやおや?」「何かあったわね」「不倫はダメよ」と、机に向いているはずの口からこそこそと聞こえてくる同僚の言葉に耳を塞いだ。しまった、今日の営業部担当にビル・ウィーズリーがいたか……いやいや私は関係ないんだから気にする事はないんだけれども。たまたまよ、本当に。
横からポンッと肩を叩かれ、振り向くと紙束が差し出された。薬指の指輪がキラリと光る。一気に黙り込んだ同僚に呆れ返ってしまう。

「なにやら不穏なワードが聞こえたもので?」
「ご安心を、わたくしフラー先輩を大尊敬しているもので手を出すつもりはございません」
「俺もフラーが好きなので譲るつもりは無い」
「私とフラー先輩への愛で張り合うつもりですか? ブラッジャーでぶちのめしてやる」
「随分物騒だな。何かあったか? まあいいさ、夜に聞いてやろう」

それはどうも、と返して紙束を受け取る。まずは仕事だ、とにかく仕事、デキる女はちゃんと仕事をするのだ。そう自分に言い聞かせて頑張った一日の終わり、でも私は夜勤に入ったから終わらずに、正面を閉鎖し明かりを減らしたフロアでバタービールを空ける。カコンッと飛んで行った栓がブラッジャーに見えて、杖で叩き飛ばした。ゴミ箱にスコンッと入ってヨシッとガッツポーズ。後ろから拍手が聞こえて照れた。

「まだ仕事中だが?」
「まず応対するのは下の小鬼たちでしょう? ふふん、ビルも一杯どうです?」
「もらおうか」
「うわ人に注意しておきながら……」

笑いながら栓を抜いた瓶を渡す。ビルはそのままぐっと煽った。そして光る薬指の指輪、ああ、いいなあ。頬杖をついてため息を吐いた。担当の席に座したビルが「それで?」と促してくるまま、私は言った。

「別れました」
「…………そもそも誰と付き合ってたんだ? フラーからも聞いたことがないが」
「フラー先輩に言ったら大事になっちゃうじゃないですか、ほら私世界一可愛い後輩だから」
「おかしいな、君の教育係は俺だったはずだが」
「教育係はビルですけど、ビルを取られまいとめちゃくちゃ可愛く根気よく丁寧に教えてくれたのはフラー先輩なので」
「今は俺の妻だ」
「ちきしょう3人の子持ちめ」

羨ましい! と素直に叫べば、ビルは呆れたように笑う。フラー先輩に惚れられたビルも、フラー先輩をゲットしたビルも羨ましいけど、私は今なによりも狼に引っかかれた傷だって受け入れたフラー先輩が羨ましい。そんな尊大な慈悲の心を持てる人ってそうそういない。狼人間って本当に怖い。もし狼人間になったら一家揃って路頭に迷う可能性だってあるのに、そんなことで愛は枯れないなんて言えちゃうフラー先輩は素晴らしい女性だ。正直、私は彼氏……もとい、元彼が狼人間になったら無理かも。元から暑苦しくて少し厄介な人だったけど、更に複雑になってしまうし、私が背負える量のものじゃない。やっぱりフラー先輩は世界で一番かっこいい人だ。私の憧れ。3人の子供のお母さんになった今は前よりもとっても強くなられたらしい。うーん会いたい。毎日会えるビルがやっぱり羨ましい。

「はあ、私ったら羨んでばっかり……」
「どうしたんだ。面倒な別れ方を?」
「いいえ? 結婚は考えてないって言われたから、別れただけです。私みたいな素敵な魔女を捕まえておいて結婚は考えてないんですって、私もう25歳になるのに!」
「遅いというわけじゃないだろう、そんなに急いても仕方がないぞ」
「でも私の母は卒業してすぐ結婚したんですよ。学生時代から付き合ってた父と。私だって学生時代から付き合ってたのに。彼はもう30歳に近いのに」
「待て待て待て。……学生時代から付き合ってた?」
「ええ」
「聞いていない。というか、君うちに来てから合コンにも行っていただろう」
「たまに、数合わせで」
「彼には?」
「話しましたけど、あんまり人の話を聞かないから」

学生時代から数えると交際歴も10年くらいになるというのに、私は未だ未婚で、仕事してて、この間なんでスピンスターになりそうとか言われて。あの小鬼絶対許さない。ドラゴンに食べられてしまえ。頬いっぱいに百味ビーンズを詰め込んで口の中で美味しいものと不味いものが混ぜ合わさり全てをバタービールで飲み込んだ。勢いで空っぽの瓶を机に叩きつける。

「結婚する気がないなら最初から言って欲しかったですよ、もう! っていうか酷くないですか? 私昔からずーーっと結婚したいって言ってたんですよ? 彼の仕事もかなりいい感じになってきたし、そろそろいいんじゃないかって思って話したら、考えてない!? 最低、私の青春返して欲しい」
「それは男としてよろしくないな」
「そうでしょう!? うー、ううう……私のバカ……結婚願望が強いのに結婚願望がない人を好きになってしまうなんて……くそぉ……」
「レディがそんな口をきくんじゃない。まだ若いんだ、いくらでも選択肢はあるだろう」
「ビルって本当ありきたりなことしか言わない、フラー先輩だったら呪いのひとつくらい飛ばしてくれるのに」
「何をやっているんだあいつは……」

机に突っ伏し腕に顔を埋めて、流れてくる涙を隠した。マスカラの黒い涙は見せられない。ビルはフラー先輩の夫とはいえ、立派な男性だし、彼氏以外の男性にそんな無様な姿は見せられない。いやいや、彼氏にも本当は見せちゃダメだったのかも? だからこんな女とは結婚出来ないとか思われたのかもしれない。最悪、私のせいじゃん。あいつとはドすっぴんの頃からの付き合いだし、化粧覚えたての頃は「目がデカい」と大笑いされて箒でぶっ叩いたし、仕事上がりに黒い涙をダラッダラ流したまま箒でぶっ飛ばしドライブに付き合ってもらったこともある。……あれ? よくよく考えればそれって彼女っていうより男友達のノリじゃない? 最悪、そもそも前提が違ったのかも。思っていたより私ちゃんと彼女出来てなかった。そう考えると落ち込んでくる。10年間付き合わせてたのって私の方じゃん。最悪、最悪、最悪。色々と自分が嫌になってきた。だからと言って、向こうが悪くないわけではないと思う。丁度いいキープみたいなものだったんだから。もう、これで終わりだ。一度深く息を吐いて、大きく吸ったら私はもう大丈夫だ。
顔を上げて、ハンカチで顔中を拭ってから杖をちょちょいとやって化粧を整えた。とりあえず近くの書類を引き寄せて目を通す。下ろしていた髪はアップにして、ヒールは軽く脱いで、腕まくりをして背筋を伸ばす。

「なんだ、やる気だな」
「色々気づいちゃったから、とりあえず女は捨てて仕事が出来る魔女になって忘れようかと思って!」
「この数分間で何があったんだか」

不思議そうな顔をしながらも、ビルは私が就職したての頃と変わらぬ、まるで弟や妹を見ているような目をしていた。ビルセラピーが効果抜群だったようだ。今更気恥ずかしくなりつつも、せっかくやる気を出したんだからと片っ端から書類を片付ける。
時には気分転換にと金庫を往復する小鬼に混じってトロッコを楽しんだりして、そうして迎えた朝。朝番の同僚から「吹っ切れたみたいね」「昨日実は酷い顔してたのよ」なんて言われてピースサインで返事をした。

徹夜の少しハイになったテンションで通りを抜けていく。人の少ない道をヒールをカツカツ鳴らして歩くのは気持ちがいい、まるで私が主人公になった気分だ。鍵を振り回して妖女シスターズの新曲を鼻歌でうたっていると、闇の陣営との戦いの時だって決して退去はしなかった我が家の前に一人、座り込んでいる奴がいた。思わず足が止まる。吹っ切れたと思ったら、向こうから来るとは。カツン、ヒールの音が止まる。顔がこちらを向いた。酷い隈。

「なまえ!」
「オリバー……いつから家に?」
「昨夜だ、話そうと思ったのに君がいないから。金曜だし、デートに行ったのかと思って待っていた」
「……ふうん、デートにね。そう。それで? あなたがそこにいたら私が家に入れないんだけど?」
「俺も入れてくれ、シャワーを浴びたい」

まさかのセリフにぐっと奥歯を噛んで耐えた。思わせぶりなこと言いやがって……でも私は知っている、こいつは今単純に身体が冷えたと思っているだけだ。このオリバー・ウッドという男はそういうやつだ。
私は黙って鍵を開けて、家の中に彼をいれる。だってこうしないと「何故だ!?」と騒ぎ出すに決まってる。まだ付き合っていなかった頃、近くに遊びに来たついでに私の家に来たときもそうだった。親戚の子とクィディッチで遊びまくって泥だらけになって私の家に、まだ学生だったから当然実家なんだけど、ドアベルを鳴らしてすぐに「シャワーを貸してくれ!」だ。初めましてのウッド家の親戚の子も戸惑っていてとてもシュールな状況だった。交際相手のお家初訪問がそれだったから私も麻痺してしまったのかもしれない。
オリバーをシャワールームへ押しやり、あいつが置いていった服を出しておく。化粧を落としてストッキングを脱いで、とりあえず棚の上にしまって置いたパンを食べた。食べながら部屋着に着替えてベッドに寝転がる。流石に忘れるためとはいえ、休憩もあまり挟まなかったことが今身体に来ているようで、うとうとと私は眠りにつきつつあった。しかし、ギシリと鳴るベッドとかけられた体重に若干傾いたマットレスで目が覚める。
気づけば、オリバーの大きな身体に身を包まれていた。目の前に水滴のついた白い肌が晒されている。この傷目新しいな、また怪我したのか。キーパーはクアッフル相手ならオリバーくらいの腕前では楽勝だけれど、ブラッジャー相手にはあまり良くない。痣にふれると、その手を取られた。彼と目が合い、私たちは慣れたように、ごく自然にキスをしていた。方や薄着で方や裸の男女がベッドの上で、あとはもうお察しだろう。でも私たちはもう別れた。私は彼の身体を押し返そうとした。しかし、彼は動かない。むしろ、ギロリと睨まれて私の身体が驚き縮む。

「なまえがそばにいることが当たり前すぎて何も考えていなかったが、なまえが朝帰りをしたのは物凄くムカつくし今にでも相手を殺したくなる」

「……はい? ちょっとまって、オリバー、ねえ、オリバーってば、怖いから、ちょっとどこ触ってんの」

まさかのセリフ、これは本当にまさかだ。既視感も何も無い。驚き反応できない間に、オリバーの手は私の体に触れて不埒な動きをしていた。身を捩り逃げようともがく。しかし今でもプロの選手として鍛え続けているオリバーと、もう選手は学生で終えて今はオフィスレディの私では明確な差があった。逃げられず、私は彼の腕の中に抑えられたまま、オリバーはそんな私を見下ろして唸るように言う。目が怖いのだ。でも、ドキドキもする。私は本当に単純な女だ、久しぶりに求められて嬉しいと思っている。ちゃんと女だと思ってるじゃない、やっぱり。だけれど、負けるわけにはいかない。このまま流されたら何をされるかわからない。オリバーは怒ると何をするかわからない。暴力はしないだろうけれど、それこそ私が本気で嫌がったらやらないだろうけれど、本気で嫌がれない私がここにいるから、……あれ、そもそも逃げ道がないってことに、今気づいてしまったかもしれない。

「僕と結婚出来ないからってすぐ違う男に走るのか? 気に入らない。普段よりもクアッフルを逃してしまった、今日の練習は散々だったんだ。全て、なまえのせいだ」
「い、いや、責任転嫁も甚だしいよ大人でしょう……ねえオリバー落ち着いて、ねえったら」
「勝手なことを言っている自覚はあるんだが……ごめん、なまえ。僕は君が好きだ」

ここで一瞬照れたのが敗因だった。私は本当に単純な女だ……。でも、結婚願望はあったけど、大きいお腹で結婚式は嫌だったのに、本当に最低。私のバカ。ビルから話を聞き、祝いの席でもオリバーに呪いを飛ばしたフラー先輩はやっぱり世界で一番素敵な人だった。