ALBATROSS

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天は貴方からの逃亡をゆるさない

ひゑ〜〜樺太マジさみい〜〜〜〜!!!

さて、前世でも来たことの無い樺太のさむ〜〜い大地に居るのは俺、みょうじなまえくんだ。久しぶり。シャバは寒いよ。
──そう、シャバ!イエーーイ!刑期満了!俺は無事に生きております!

『холодно?Ты в порядке?』
「うン?そうだね、このスーシュカは美味しくできたねエ」

ニコニコと笑い、先程焼きあがったばかりのスーシュカという菓子パンを齧る。クスクスと笑われたので多分つまみ食いは的なことを言われたんだと思う。そしてチラチラと窓の外、視界もまともに確保できるか怪しい吹雪を見る。お父さんが心配だな。
さて、俺は今どこにいるでしょう……かッていうのは冒頭でバレてるので言いません。樺太です。言っちゃった。なんつって。

どうして網走で刑期を終えた俺が樺太にいるのかというと、遡ることそれなりに前。
列車に乗り船に乗り、ちょっとだけ観光させてもらったりもして小旅行気分で網走監獄に移送された俺だったが、この世界の流れと俺のタイミングはラッキーなことに少しズレていた。殺されたくないよおと内心ビクビクしていたが、既に死刑囚二十四人はいなかったのだ。
早速仲良くなった看守の話では、俺が移送される前の年に脱獄騒ぎがあったのだという。つまり俺は単にセキュリティが強化されただけの監獄に入ったわけだ。安全安心。宇佐美もいない。だらけた門倉さんはたまにお饅頭をくれる優しいおじさんでしか無かった。俺が入ったのは何故か最初から独房だったが、見張りの看守にも外役仲間の囚人のみんなにも優しくしてもらった。外は雪も深く、風が吹けば肌を刺すような寒さだが、俺は羽毛ぶとんと温かい毛布にくるまり火鉢を炊いてもらい、大地の美味しい恵みを食べて快適健やかに過ごしていた。
そして網走監獄の生活にも慣れた頃だった。俺の独房に、のっぺらぼうが来たのだ。
セキュリティ強化のためだとのっぺらぼうは本当に皮膚のない顔と歩けない身体でお泊まりに来た。そりゃあ俺だって最初はビビったし、のっぺらぼうも心開かずお互い無言の夜を過ごした。俺だって命は惜しいさ、仲良くなるつもりもなかった。
だが、運命とは奇しく、のっぺらぼうが俺の独房にお泊まりしたのは一度だけではなかったのだ。おそらく二十回は泊まっている。 気づけば俺はのっぺらぼう──ウイルクの父性にメロメロだった。

言い訳をさせてくれ。
実は、網走監獄のみんなは確かに優しかったけど、たまに意地悪な奴がいた。主なのは犬童四郎助というおっさんだ。監獄のお偉いさんだったが、犬童さんは俺を見る度ぶったり蹴ったり、女のようだとか甘えるなとか色々と意地悪を言ってきた。正直犬童さんの言うことは囚人への態度として当たり前のことなのだが、冤罪でぶち込まれてしまった上にひたすら甘やかされて囚人生活を送ってきた俺の精神はとても打たれ弱くなっていた。
たまたまそのタイミングが合ってしまった。 ウイルクは落ち込む俺をたくさん励ましてくれた。そして俺は初めて前の刑務所の医務室のじいちゃんとシスター宮沢以外の胸で泣く夜を過ごした。仕方ない、弱い所を優しくされたら誰だってくらりと来ちゃうだろ。

だから、ウイルクに頼まれたことも断れなかったし、断る気もなかった。ダメな事だとは頭の隅でわかっていたけど、俺が嫌だと思ってしまったのだ。だってウイルクは本当に良い奴だったんだ、例えロシアで身を追われていても、俺の大切な友人になってしまったんだ。ちょろいって言わないで。

そうして刑期を満了し無事シャバの冷たい空気を吸った俺は、ウイルクの頼みを遂行し今こうして樺太を目指したというわけだ。時系列のどこにいるのか全くわからないが、原作が始まっていたとしても俺の服役時間を考えるにまだ初期の方のはず。ならば樺太にいれば、いつか会える、はず。

しかし運命は俺に試練を与えた!決意して向かった先で俺はまんまと遭難した。自然超なめてた。慣れぬ一人旅に選ぶ土地ではない。そもそも網走から遠いんだ、漫画の中ではほぼ徒歩のようだったがみんな本当にすごい。俺も馬に乗りたかったーあ゛ー!
俺は道中色んな人に助けられて、やっと着いた樺太でも遭難して助けられて、なんだかんだ今はロシア人ご夫妻のお宅にお世話になっている。まさかのロシア人でびっくりだろう、俺がロシア語喋れるって?無理無理、かろうじて英語だけど英語は彼らの方がわからなかった。しかし俺たちは不思議なことにボディランゲージや適当な言葉で通じ合い、何故か生活出来ている。
親切な夫妻はいなくなってしまった娘さんを待ちながら生活している。揺らめく既視感。ロシア人夫妻、遭難というワード、行方不明の娘──そして、彼らは灯台を持っている。もうお気づきかな、例の灯台夫婦である。ちなみに俺はこちらのお宅にお世話になって数年が経ってから気がついた。気づくのは遅いしちょっと地点行き過ぎだし……でも戻ろうにも結局場所がわからず、これを逃せば俺は今度こそ遭難して死ぬ気がした。そうして今に至るわけだ。回想終了、ちょっと長かったねごめんねエ。

そんなこんながあり俺は今、外の様子を見に行った灯台の夫婦のお父さんのことを、お家でおっかさんと待っている。というのも、近くで銃声がしたからだ。ドォォンという銃声はたまに鳴る、吹雪の中で遭難しかけた人が発泡して場所を知らせるのだ。俺にはどこで鳴ったかなんて全く分からないが、ウン十年暮らしているとわかるらしい。その度にお父さんは遭難者を助けたりしている。危険だからやめなよ、と言ってもお父さんは不器用に笑うだけだ。多分、娘さんの可能性を捨てきれないと思ってるんだと思う。綺麗に飾られた娘さんの写真は彼らをここに留まらせる大切な理由で、俺もまた救われた側だからなんとも言えない。ただニコリと笑ってお世話になるだけだ。雪かきとか薪拾いとかちゃんとしてるんだよこれでも。今までまともにした事ない労働に身体は悲鳴をあげているが、お父さんとおっかさんとやるのはちょっと楽しいのだ。

カチャカチャと音がして、お父さんが帰ってきた。猛吹雪の名残として沢山の雪を身体中につけて、ついでにお父さんが拾ってきた2人もまた雪だらけ。しかし、その格好に目を見開いた。背中に汗がたらりと流れる。冷や汗ってやつだ。銃を持っていて危ないので、おっかさんから受け取った手拭いを2人に渡す。

「プリヴェート。大丈夫かイ?」
「…………和人か?」

軍帽、無骨な坊主頭、色黒の美男子……やはりビンゴだ。これは、月島と鯉登だろう。頷き、災難だったねと少し手を伸ばし、月島の冷えた頬に触れる。びくりと月島が驚いたように身動ぎをした。その手を払われ、あらまと苦笑する。これは時間の問題だ、俺は杉元を待たなきゃならない。

「おっかさンが作ったシュースカだ、食べな」
『なまえ、Вы поможете мне?』
「なアに?料理かな?もちろン」

おっかさんが鍋を持って俺を呼んだ。多分料理を手伝ってくれ的な。もちろんだよと頷いてトコトコと薪を竃に入れる。「……ロシア語を理解していないのか」という呟きに、笑って返事をした。目が合うと月島は目を逸らしたが、代わりにじーっと鯉登が見てきたので首を傾げると鯉登の顔が赤く染っていく。火に当たりすぎか?
そうこうして料理が次々と出来、追加で薪を竃に入れたところでバタバタと音がし、家に誰かが入ってきた。ごくりと生唾を飲む。────杉元ご一行のご到着だ。

初めて見た杉元という男は紙面通りの傷だらけの顔で、実際に見ると迫力が違う。ウイルクとはまた違った雰囲気のある男だ。
リュウという犬に少し温めたミルクをやると、チカパシという男の子がありがとう!とお礼を言ってくれたのでそちらにも温めたミルクを進める。おいしい?そう、よかった。大人は──そうだな、ウォッカ、現地語っぽくいうとヴォトカなんてどうだ。実際温まるし、と粗方大筋通りの話を終えたところで酒を振る舞い、聞かれた話に問題のない程度で答える。しかし、生まれを聞かれたとき、突然ピリッと空気が締まった。

「……そういや、あんた名前は?」

視界の端で月島が銃剣にそっと触れるのが見えた。さて、これは賭けだ。俺を”知っていて”の警戒か、知らないが怪しんでのことか。どちらにせよ、彼らがここにいるということは、ウイルクはもうこの世にいない。悲しみを誤魔化すように酒を舐める。監獄の中のお泊まり会も、アシリパちゃんが可愛いという話で夜を明かしたことも全て過去のこと。俺の大切な友人は壁の外に出ることなく亡くなった。ああ、でもウイルクにはアシリパちゃんという希望がいるから。ふ、と笑い、杉元を見る。希望を守る男だ。

「知ってンだろう?"待っていた"よ、杉元佐一」

まさか、無理やり脱がされた上に少し挑発したらファーストキスを奪われるなんて。俺はもちろんウイルクでさえ夢にも思わなかっただろうよ。

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