先に死にゆく

ああ、そうだ、杖のメンテナンスに行かないと。セドリックがそう思ったのは今朝のことだった。学年末のパーティー後に使ったルーモスの灯がとても小さく、調子が悪いなと心配になったのだ。ホグワーツが始まる前に思い出してよかった、とセドリックは家族に声をかけ家を出た。9月1日が近くなり、ダイアゴン横丁はどんどん人が多くなる。入学前であろう女の子が店先の箒を見ていいなあ、と呟いたのに心の中で同意をする。オリバンダーの店はすぐそこだった。
カランカラン、ドアを開けると乾いた音でドアベルが鳴る。カウンターに、以前ペットショップで見たような綺麗なカナリア色があった。

「……ん?やあ、いらっしゃいませ。悪いんだけど今店主が出張中でね、内容によっては待ってもらうか日を改めてもらうしかないんだけれど」
「メ、メンテナンスをおねがいしたいのですが、」
「メンテナンス!それならオッケー、私が見よう!」

顔を上げたカナリアは照明の光でキラキラと輝き、軽快に承諾したムーングレイの瞳は嬉しそうに瞬く。ミスターオリバンダーは、どうしたのだろう。セドリックは疑問を口に出せずにカウンターから出てきたカナリアの女性に進められた椅子に腰掛け、杖をホルダーごと渡した。

「すまないね、本当はじいちゃんーー店主がいいんだろうけど、魔法省に出張していていつ帰ってくるかわからないんだ。さっき来たお客さんには怒鳴られてしまったよ、この小娘がわしの杖を見る気か!ってさ」
「そうなんですか。 ……じいちゃん?」

聞こえた言葉を聞き返すと、手際よく杖を出していた指先がぴっと空中の埃を弾いた。

「そう、じいちゃん。私、オリバンダーの孫なんだ。ナマエと申します、よろしくね紳士殿」
「僕はセドリック。セドリック・ディゴリーです」
「ディゴリー?聞いたことある名前だな」
「……多分、昔の魔法大臣だと思います。親族で」
「ああ、なるほど!道理で」

会った人の殆どが必ず家のことで激励をしてくる、そんな名字が誇らしくも複雑だった。しかしそれを察したのか単に興味がないのか、ナマエは何も言わずに杖をス、と水平に持ち根本と目線を合わせる。

「トネリコにーー一角獣の尾だね。綺麗にまっすぐだ、うちの店で?」
「はい、3年前に」
「そうか。綺麗に使われてるようだ、手入れはどれくらいしてる?」
「たまに、汚れたと思ったらしています」

セドリックの答えにナマエが十分十分、とニコニコと機嫌良さげに笑いながら頷く。ナマエが自分の杖を出して軽くトントン、とセドリックの杖を叩いた。何かがあるのか、名前が目を閉じて手のひらで味わうように杖の持ち手を数回握って離した。

「箒用の道具を使ってるね」
「え? ……ど、どうしてわかったんですか?」
「結構いるんだ、箒用のグッズを使う人。でも君はヤスリ、使ってないね。よしよし、今後また箒用の使っても怒りはしないけど、ヤスリだけはかけちゃダメだよ、杖は繊細なんだ」

箒が豪宕って訳じゃないけどね、とウインクしたナマエにセドリックは苦笑した。ナマエが細かい傷は治そうか、と杖を振り店の奥から紫色の缶と黒い布を出した。きゅる、と音を立てて缶の蓋が開く。中にはピンク色をしたクリームが入っていた。ナマエが黒い布にクリームをつけ、少し線の入った部分や若干欠けてしまった部分にするりと塗り込んでいく。クリームはサッと消えて、杖があっという間に元通りになった。

「はい、終わり」
「……すごい、それはなんですか?」
「パテだよ、木の修復に使うんだ。ハナハッカが入ってるから少し匂いがする」
「本当だ」

魔法薬の授業で嗅いだことのある匂いが自分の杖からするのが少し面白かった。
ナマエが自分の杖でトン、と布を綺麗にしてカウンターの上に置く。それから羊皮紙を出して何かを書き込み始めた。ナマエの手の中で羽根ペンが踊りメンテナンス、細かい傷修復と独特だが綺麗な字で書かれる。

「さて、とりあえず綺麗にはしたけど……振ってみて」

なんでもいいよ、と言われ、セドリックはルーモスと唱えた。灯は学年末のときよりは大きかったが、弱々しく瞬いてしまう。発音が変だったかも、ともう一度杖を振るが光は変わらなかった。

「……学年末からこんな感じで、前はもっとしっかりしていたのに」
「うーん……不調だね、手入れをしようか」
「手入れ?」
「そう、手入れ」

杖の正しい手入れだよ、といたずらに笑ったナマエが、杖を振って赤い大きな缶と小さな壺、それから毛の長いハケを出した。壺からは少し甘い匂い、バニラのような香りがする。
見たことのないそれらにセドリックは興味が引かれじっと見る。ナマエがふふ、と楽しそうに笑った。

「一緒にやってみようか」
「いいんですか?」
「もちろん」

ナマエが見やすいようにカウンターの上のものを退かし、道具を並べる。天馬の毛のハケ、火花蜂の蜜入りのヴァーニッシュ、水魔の汗が入ったグリース、ウユマクコユンの毛で出来た布。どれも聞いたことがないものばかりだった。
ナマエがまずはこれ、とハケをセドリックに持たせ、壺の蓋を開ける。中には白銀の液体が入っていた。ゼリーのようにぷるりとした見た目をしている。

「ハケの側面に少しつけて。見た目に反してサラッとしてるだろう?火花蜂は知ってるかい?」
「いいえ、初めてです。ウユマクコユンというのも」
「魔法生物飼育学はとった?」
「はい」
「そうか、なら先生にもよるだろうけど、やる可能性は無くはないね」

丁度いい、さらっと聞き流しておくかい?という質問に、セドリックは頷いた。少なくとも今年の教科書には火花蜂の名前もウユマクコユンというのも載っていなかったはずだ。

「火花蜂はスラブの森に生息している蜂でね、普通の蜂とあまり見た目は変わらないんだけど、蜜が特殊なんだ。塗ってご覧、ああ急いで、すぐに乾くから」

言われた通りハケを杖につけて急いでサラリと撫でるようにヴァーニッシュを塗る。塗ったと思ったが、全く痕跡がなくあれ?と触ってみるが前と変わらない。塗れていなかったかな、と困惑するセドリックにナマエが楽しそうに笑った。

「すごいだろう?元々杖用のヴァーニッシュはねっとりとした、そうだな、糖蜜ヌガーよりは少し柔らかいようなものが多いんだけれど、この火花蜂の蜜入りのは違うんだ。火花蜂の蜜は浸透性が高くてね、一瞬で内側に染み込むのさ。今頃は杖芯を深くまで潤してるよ」
「そんなに早いんですか」
「時間との勝負だよ。でも気をつけて、火花蜂の蜜は人には危険でね、舐めたら舌の上で火花が散って大火傷するよ。植物にはすごくいいんだけれど、動物には効かないんだ。だからハケには特別な天馬の毛を使うのさ、これはアブラクサンの尾の根元側の毛で作られてる。固いだろう、この固さが蜜の火花成分をブロックしてるから道具には最適なんだ」

ナマエは壺の蓋を締め、ハケを杖でトン、と軽く叩き綺麗にした。バニラの甘い残り香が杖に染み付く。触れてみると、自分の杖ながらかなり肌触りがよくなった気がした。

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