そっと手を差し伸べた相手は誰だったろうか。
私の手に、小さなやわらかい手を乗せたあの子は元気にしているだろうか。
青い空を背景に、雨雲が過ぎ落雷の光が注ぎ、そしてまた日が照り地面の水滴に地上の映し絵を描く。私は歪みのある間違い探しのような幼稚なその絵が好きで、雨上がりにしゃがみこみ見つめている時間が好きだった。いつからか、そこに幼い稚児が加わったのだ。ふくふくとしたまろい頬、細い手足、ああ、顔はどんなだっただろう。
「おたく、また見てんのかい」
「うん」
「久々の雨だったからね、さぞや美しいんだろう」
「ゆがんでいて、よくわからないが、うつくしいとおもうよ」
「そうかい、わたしにはそんな小さなものは見えないうえに、美しさもわからないからなあ」
「わたしのたからものだから、かんたんにはみせやしないよ」
「意地の悪いことを言うんじゃないよ」
台風が去ってから初めて見た奴さんは晴れの空を心底楽しんでゆらゆらと笑う。晴れの空も美しいが、雨の空も、焼けた空も、いつだってあの遠いところは美しい。美しい空を駆けていく寂しさも侘しさも切なさも、すべてが天に昇っていく。逃げ道は空にあることを知りながら、地面を見つめ続けるのはなんと滑稽で儚いことだろう。
あの子と見た映し絵は何色だっただろうか。思い出せない、思い出せない。でもきっと美しかった。こんなに覚えているんだ、きっと美しかった。ああ、どんな子供だっただろう。白い頬には、道があったような気がするのだ。眼球から地面へ落ちるすべり台があった。私は、重たくなった夜露が降りていくところを見たはずだ。いいや、あれは朝露だったか、空は朱色だったかもしれない。あの子は、空と同じ眼球をしていたから。
「なんだい、楽しそうじゃないかお前さん。そんなところにいると車に轢かれてしまうよ」
「ふふ、ふふ、たのしいからね」
「なにかいいことでもあったのかい」
「あったよ、あるんだ、これから、きっととてもいいことだ、とてもたのしいことだよ」
「そりゃいいね、聞かせてくれないか」
「おもいだしたらね、おもいだしたらたくさんはなしてやるよ。でもいまはまだおもいだせないんだ、まだね、あとすこしなんだが」
「そうかい、なら早く思い出しとくれ、冬が来る前までには頼むよ」
「そうだね、こごえてしまうもの、きっとさむくなったらまたわすれてしまう」
「そうさ、きっとこの約束さえ忘れてしまう。……おや、地面が乾いてきたね」
「ああ、もうそんなにたってしまったかな、さみしいね」
「またすぐに降るさ、雨雲の連中はいくらでも通るんだから」
でも、それまでにまた忘れてしまうかもしれないのに。