ALBATROSS

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ひかる×OP

潮の香りに混じる血の匂いに、ふと下を覗くと水中で魚が他の魚を捕食する姿が見えた。弱肉強食のサバイバルは魚も同様、この偉大なる航路では尚更なのだろう、と日本でもイタリアでも見たことの無い形状と大きさの魚がこちらへ飛ぶの見ながら一歩足を引いた。びしゃりとこの高さまで飛んでくるとは飛躍力もすごい。私もあれくらい飛べるようになるかな、と思ったら目線が突然高くなり、後ろからひょいっと持ち上げられていた。お腹にまわされた手がしっかりと私を支えている。肩口にかかった黒髪が少しくすぐったい。

「イゾウ」
「あと少しで食われるとこだったろう、少し目を離すとこれだな、ナマエは」

呆れたように笑い、私の頬にかかった少しの海水を指で拭う着物姿は確かに女のものだが、低い声とゴツゴツとした体格はしっかりと男のものだ。だというのに赤い口紅もしっくりと似合っているのは毎日見てても何故かわからない。イゾウの魅力、と言われればそうなのかもしれないが、だとすると私にはいまいちわからない領域のことだ。

「オヤジのところでステファンと昼寝してたんじゃねェのか?」
「いつも起きてる」
「俺が見に行ったときはぐっすりだったがね。狸寝入りか?悪い子だ」

完全に意識があるっていうわけでもないから狸寝入りと言われると首を傾げてしまうが、イゾウにとってそんなことはどうでもいいことだろう。くすくすと笑う彼はお仕置だと私の頬にちゅう、と吸い付くようにキスをした。キスは日本語で口吸いともいうが、イゾウは本当にその名の通りのキスをよくする。ワノ国出身だと言っていたから、日本と似た文化なのかもしれない。異世界のことは、よくわからないけど。私は求められるままにこの常識が消えた世界で私を拾った奇特者の頬にお返しのキスを贈った。お仕置って言ってたのにお返しも何も無いだろうに。

デブに命令された仕事の最中だった。漁港でハネている奴がいるから殺しておけという慈悲もない内容だったが仕事は仕事。向かった先は勿論漁港だったが、私はイタリアに来てからこの方泳いだことがなかった。日本でも元々足のつくプールで25m程度の実力だ。海へどぼんと落とされ、スタンドを使う余力なく気を失ったのを覚えている。そして、次に目覚めたとき私は船の上だった。眩しい視界と、焦った顔で上から私を見つめる沢山の顔、特に一番目の前にあったうつくしい顔がイゾウだった。目が覚め、慣れない英語で交わした会話から察するに海に落ちていた私を拾ったのはイゾウで、彼は息のない私に人工呼吸を施し救ってくれたのだという。彼には感謝しかないが、同時に私はまた世界を失ったらしいと気づいたのも彼との会話だった。世界の大半を占める海、何があってもおかしくないという偉大なる航路、既に廃れたはずの海賊、海王類という全く知らないメジャーな海の獣たち。イタリアも日本も存在せず、呆然とした私はまたもショック性の記憶喪失と診断された。呼吸停止時間が長く、私の身体ではおかしくないことだと船医は同情した。
私が拾われた場所は船だった。白鯨を模した船は白ひげという海賊団らしく、棟梁は名前のとおり立派な白ひげを蓄えオヤジと呼ばれていた。当初は彼の管轄下の安全な島に降ろされるはずだったが、それを何故か渋ったのは私を拾ったイゾウで、一悶着あった末に私はイゾウに預かられる形で棟梁のことをオヤジと呼ぶようになった。ギャングから海賊に転職だ。どちらも反社会的組織だ、陸から海へ移っただけ。特に変わったことは無いのだろう、と思っていたのは最初だけで、気づけば私はこうして日々イゾウに甘やかされ白ひげの家族に甘やかされすくすくと子供として生活を送っている。拾われてから全く人を殺すことが無くなった、それどころか銃を持つこともナイフを持つことも無い。食事だって私の前に出てくるものはステーキだろうが野菜だろうが厨房の主であるサッチの手によって既にカットされている。いくらなんでも甘やかしすぎだろう。

イゾウの膝の上で波の音を聴きながらぼうっとしている生活を続けていると、だんだん自分が溶けていく心地だった。ゲンさんだってずっと暇そうに船員にちょっかいを出しては心霊現象だと騒がれているし、ぶっちゃけ暇なのだ。だからといってナイフを持てば危ないと大人から注意され、銃を触れば暴発したらどうするとイゾウが怒る。食事は美味しいし、雨風を凌ぐどころか世界がひっくり返るような天候でも乗り越えてしまう船はすごいが、私がいていい場所なのかと常に不安に思うのは仕方の無いことだ。はあ、とため息を吐くと、つい、と口を摘まれた。

「どうした?」
「………ダメになる」
「何がだ?」
「わたしが」

ふにふにと唇を触られながら言うと、頭上でイゾウが噴き出した。ははは!という笑い声に甲板から何人かがこちらを見る。

「もしダメになったら俺が面倒見てやろう」
「イゾウが?」
「だから存分に甘やかされろ」

まずはおやつか?とイゾウは私を抱いたままご機嫌に船内へと入っていく。ふと後ろを見れば、甲板からこちらを見ていた何人かが手を振ってくれたので振り返すと、横から頬にちゅう、とまた吸いつかれた。過多なスキンシップにも慣れてしまっている自分が恐ろしい。呆れた眼でイゾウに向くと、じっと黒い瞳が私を見て幸せそうに笑っていた。

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