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5周年企画 花沢家次男7(ぶつ切り)

1年間違えてました!明星発行は明治37年9月(日露戦争、旅順総攻撃第1〜2あたり)


 動物とは良いものだ。つぶらな瞳は悪を知らず、裏切ることも無く、悪口を意味する言葉も無い。恋や愛などの面倒な感情もなく、ただ生きるための本能というのも筋の通った美しい生き方……いや、それはないな、流石に美化しすぎた。
 でも失恋とか無さそうでいいな、と餌をむしゃむしゃ食べている馬を観察しながらもう風化した心のやわらかい傷を思う。

「はあ……馬はかわいいな」
「ははっ、麗しの花沢少尉には及びますまい」
「キェッ! つ、鶴見中尉…」

 背後から話しかけられビビって飛び上がる俺の肩にサッと手が回される。にこにこと微笑みは美丈夫なのだがどこか後暗いところを感じちゃうのは仕方がない、俺は素直に鶴見中尉が怖いから。性格云々腹黒云々もそうだし、そもそも情報将校とは怖いものだ。
 正直こうして馬と戯れて余生を過ごしたい、切実にそう願うけどもうお時間らしい。さらば馬たち、よく食いよく寝て俺たちの分まで荷を運んで土を踏んで欲しい。数キロ先のお隣さんに行くには馬がいないと本当にダメ。

 移動の馬車に乗り込み、向かいに座る鶴見中尉と和やかに会話しながら本部へ戻る。団子の話が出たときはヒヤヒヤした。俺の失恋知ってるくせに触れないのは優しさなのか、逆に苦しいけど触れられたら触れられたで辛いから嫌だ。俺ってばわがままちゃん。尾形が報告しないわけないよね、多分俺の耳に入らないだけでもう噂になっているのだろう。クソ尾形め、許せん。タバコあげたんだから俺のこと殺さないで欲しいな。
 ようやくついた本部で俺が部屋に戻ろうとすると、鶴見中尉はああ! とわざとらしく声を上げた。振り返ると、注意は懐から封筒を取りだし俺に差し出す。

「そういえば、東京から届いていましたよ」
「ありがとうございます」
「兄弟仲がよろしくて微笑ましいですな。花沢中将もご自慢のことでしょう」
「そうだとよいのですが」

 ゲッ勇作からだ。以前俺を騙してくれやがったクソクソ野郎とはあれ以来手紙も無視していたというのに、鶴見中尉を介されてしまうと受け取らざるをえない。鶴見中尉のこれが親切心なのか、毎週来る手紙に耐え兼ねてそろそろ言っといてくれない? という遠回しの意図なのかはわからないが、後者だったら俺の手に余ることだから許して欲しい。勇作は俺がもう送ってこないで! と言ったら「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃないか」と言う奴だから……。嫌だっつってんだろ聞けよ。
 自室に戻って仕方なく封を開けると、中からは厚めの冊子……いや、雑誌?

「詩歌だぁ? あいつそんなの読むっけ」

 確かにホワホワした奴だが創作の類はあまり触れてこなかったと思うけど、やはり東京という大都会のド真ん中では影響されるのだろうか。父は軟弱な! 母は下品な! と叩きそうな、いわゆる大衆雑誌のようだけど。
 正直俺にはよくわからない、和歌とかそういうのは母に気持ち悪いほど仕込まれてしまったが文芸の類はあまりよく知らないのだ。面白いから読んでみろってことなのか?
 ぺらぺらと軽く流し見をしていると、とあるページに手紙が挟まっていた。わが弟へ、と書かれており怪訝になる。いつも迅作へって書くくせに。手紙の内容をあらためると、警告というか、俺の安否を確認するものだった。
 日露交渉がはじまる。
 キュ、と奥歯に力が入り、背筋が自然と伸びた。ここをどこだと思ってるんだ、北海道だぞ。日本で露西亜に近い場所だ。もちろん知らないはずがないだろうに、わざわざ連絡をしてくるなんて、なんなんだよ。まだ読み途中の手紙から目を逸らすと、自然と目は雑誌の開かれたページに引かれていく。

「君死にたまふこと勿れ」

 大昔、産まれる前にも聞き覚えのあるフレーズは今を生きているらしい。

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