ALBATROSS

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4周年企画 花沢家次男6

※前半は同じ内容です。


 先日のお見合いという名の地獄の時間が無事失敗に終わり、良いご縁だったのに何故と怒りが綴られた読むだけで気が狂い誰かを刺してしまいそうになるババアからの手紙をちぎりまくり灰皿へ入れる。
 タバコに火をつけ火口を紙の端に当てると、紙はパチパチと燃えて黒くなっていった。よし。せいせいした。良い気分でタバコを手にとり口へ運ぶ。薄い筒を咥えて、灰に入らないように煙を──

「ごほっ、げっほ、オエッ」

 まっず!なんということだ、タバコってこんな不味いの?知らなかった、みんな味覚がイカれてやがる。こんな不味いのに8銭もするのか。無駄遣いをしてしまった事にしょっぱい気持ちになる。口に入った苦くて不味くてなんか臭い葉っぱをぺっぺっと吐き出し、苦い筒を皿に押し潰す。
 俺も煙をふーっと出来る格好いい男になりたかったが、これはちょっと味が悪すぎてダメだ。よくよく考えたらタバコとかおっさんの嗜みだし、俺はまだまだ若いからタバコのような渋い臭いより柔らかい香りの方がいいかも。

 けほけほと止まらない俺の咳が耳に入ったのか、世話役の軍曹殿がコンコンとノックをして「少尉?大丈夫ですか?」と外から声をかけてくれる。それに大丈夫と返しつつ、乱れた襟元を正し扉を開けた。

「おや、タバコですか」
「ああ。でも口に合わなくて……吸うかい?」
「生憎と私もタバコの良さがわかりませんで……あ、尾形上等兵が吸っているところを先日見かけましたよ」
「本当?なら押し付けてしまおう」
「きっと喜びます」

 おのれ尾形百之助、男らしい見た目だけでなく味覚すら持っているとは憎し。よく母親の腹の中に残してきた〜などと言うが俺たちは異母兄弟なのでそれは適用されない。適用されるとしたら父親だろうか。きっと尾形と勇作が父親の精子に含まれる男らしさを全て持って行ってしまったんだ、そうに違いない。きーっ!悔しくなんかないんだからねっ!

 さて。花沢勇作と尾形百之助は虫に刺されて痒みで寝れなくなってしまえと地味な呪いを願ったところで呪いの手紙も始末したことだし、と灰皿の処理を軍曹に頼み立ち上がる。俺には大事な用があるんだ。
 きっと今頃は紅葉が綺麗であろう本土に思いを寄せながら、コートを着て前のボタンをきっちり止めていく。それを見て軍曹が人好きのする眼差しで「お好きですねえ」と微笑んだ。

「またあのお店に?」
「うん、お饅頭が食べたくて。鶴見中尉にも買って帰ろうかな」
「それはいいですね、中尉は甘いものがお好きですから」

 とはとても都合のいい言い訳だが、あながち鶴見中尉からの好感度をあげる手法の一環でもあり、それすなわち俺の死亡フラグをへし折る努力なのである。それはそれとして。ちゃんと別にお目当てもあるのだ、個人的なアレソレで。大事な用事で。

「マ、将校さん!またいらしてくだすったんですね」
「おときちゃんこんにちはあ」

 可愛らしい笑顔で迎えてくれた娘さんにでれっとした顔をしてしまう。い、いけない、キリッとかっこいい顔でいなければ。

 ここは本部から少し歩いた商店街の一角にあるお菓子屋さんである。
 こちらは看板娘のおときちゃん。俺のアイドル!女としてお見合いさせられた屈辱に咽び泣き鬱々とした日々を送っていた俺の目の前に突如現れたヴィーナス!その優しい微笑みと溌剌とした声と無垢な性格は俺を殺意と憎しみの満ちる泥々とした悪意の闇から救いたもうたのだ。誰もが目を奪われるような美貌を持っているわけではないが、なんとも心を癒す愛嬌を持っている大変魅力的なレディだ。好きになっちゃったら全部可愛いもんね。
 そんなわけでおときちゃんのお陰で俺は精神を持ち直し、ついでにおときちゃんの実の兄鶴吉さんが拵える団子や饅頭の美味しさには日常の鬱憤なんぞその辺の埃である。ビバ甘味。蒸したて饅頭のなんたる幸せの味。

「お饅頭ひとつと、」
「お団子いつつ、お包みで?」
「! 覚えててくれてるの?」
「もちろん!花沢さんはもううちの常連さんのひとりだもの。ね、兄さん!」

 おときちゃんが笑って振り返った奥から、強面に照れくさそうな笑みを浮かべた鶴吉さんが饅頭とお茶を乗せたお盆を持って出てきた。はい、と渡されこちらも笑顔で受け取る。饅頭から湯気が出ている!もしやこれは!期待を込めて見上げると、鶴吉さんは頷いた。ヤッター!蒸したてほかほかだ!嬉しくて早速かぶりつくとあつあつの餡子に舌が焼かれた。
 世の中タバコなんて不味いものより饅頭みたいに美味しいものを味わうべきだと俺は思うね。負傷した舌でちまちま味わい、ニコニコと明るい表情で接客をするおときちゃんを眺めつつ今日の俺の幸せタイムは過ぎていく。気づけばあっという間に饅頭は無くなってしまい、寂しい気持ちで団子を受け取って帰路に着いた。今日の大事な用事終わり。
 そしておときちゃん今日も可愛かったなあ〜とご機嫌で鼻歌を歌いながら中尉にお土産を、と思ったのだが。

「いらっしゃらないのですか?」
「ええ、札幌連隊区へ行かれました。お戻りは明日になります」
「そんなあ…。月島さん、お団子お好きですか?」
「いえ」

 そうあからさまに面倒くさそうな顔しなくても、と喉元から飛び出そうな言葉を飲み込みそうですかとしゅんとして失礼した。鶴見中尉に置いていかれてしまったのが寂しかったのかもしれない、そう思っておこう。
 月島さんには特に嫌われるようなことをした覚えもない。というかそもそもあまり接触したことがないのだから覚えも何も無い。大体団子嫌いでも無いこと知ってんだぞ。まあ5つもあるしひとりで食べんのだるいとかはあるかもしれない。じゃあこれはうちの軍曹にあげよっかな〜と思っていたところ、丁度いいのを発見した。
 普段ならばなるべく接触したくないけど、今は色々とナイスタイミングだ。似たような坊主頭たちの中から後ろ姿だけで唯一わかるのはちょっと嫌な気持ちになる。

「尾形上等兵」
「は。……これはこれは、花沢少尉殿」
「おひとりですか?」
「見た通りで」

 つまり一人だな。宇佐美は隠れていないよな。この間停電が起きたときにわざと後ろから獣のふりして俺をビビらせた戦犯宇佐美はいないだろうな。俺宇佐美嫌い。でも多分尾形も宇佐美のこと嫌いだから大丈夫だろうと頷き、先にコートのポケットから小箱を出した。

「尾形上等兵はタバコはお吸いになられますよね」
「ええ」
「良かったらもらってくださいませんか。買ってみたものの、私の口には合わなくて」
「……でしょうなァ」

 軽く口角を上げ、揶揄うような発音で、馬鹿にした意思を隠そうともしない。
 なんとも嫌味ったらしく言うのかこの男ッ!コイツ最初は気持ち悪いほど丁寧に俺に接してたくせに。最近ものすごく俺の事ナメているのだ。
 何があったかよく覚えてないからおそらく向こう側になんらかの思うところがあったのだろうが、それにしたってそんな意地悪な言い方ないだろう。おい弟だぞ、もっと可愛がれよ。いや待って嘘、死にたくないから何もしないで欲しい。しかしそれはそれとして、でしょうなってどういう意味だよ貴様ァ!一瞬ピキッとなりかけるが冷静に、平静に。脳裏に先程別れたばかりのおときちゃんの笑顔を思い出すと怒気はあっさり和らいでいく。何よりも効くセラピーである。
 尾形は「では遠慮なく」と1本だけ減ったタバコの箱を手に取り、ヒーローと書かれたパッケージを皮の厚い指でなぞった。硬そうだけど分厚くて俺ほどでは無いにせよ肌は白め…いや血色が悪いから、角度によっては大福のようにも見えなくもない手だな、と思いながらついでに手の中の包みを渡す。
 軽くゆるりと首を傾げた尾形が俺を見た。その仕草やめろ。

「差し入れ、といったら問題でしょうから、内緒でお願いします」
「はあ?」
「鶴見中尉にお渡ししようと思っていたのにいらっしゃらなくて。よかったら班の方と食べてください、美味しいですよ」
「……ははあ、例の団子ですか」
「例の?」
「少尉が近頃よく菓子屋へ通っておられると噂になっていますよ。──ああ、そういえばこのタバコ。店主が吸っておりましたな」

 意外な指摘に俺は目を見張った。
 そう、そうなのだ。実はあの鶴吉さんは強面にタバコがよく似合う、まさに漢という表現がぴったりな喫煙者なのである。クソ、俺は通い詰めて知ったのに全然行っていないであろう尾形が知っているなんて。この差がなんとも恨めしい。予想外のところから狙撃手の観察眼を見せつけられてしまった。
 尾形の言う通り、俺が買ったこの銘柄も鶴吉さんが吸っていたのと同じもので、…………ハッこれ鶴吉さんにあげれよかったんじゃないか?未来の義兄……になるかもしれないんだし!えへ。やってしまった、俺はこういうところがいけない。でもでもおときちゃんは「服に匂いがつくのが嫌なんです!」とぷりぷり可愛く怒っていたから、あげたら俺も怒られちゃったかも……あんな可愛く怒られるなら全然いいけど。家庭的なのも最高、とつい頬が緩んでしまう。

「はい、鶴吉さんに教えていただきました」
「……ほう、さようですか」
「だって、タバコを吸って、こう、ふっと煙を吐く動作に憧れたのです」
「ははあ、これはまた難儀な……そういう気質がおありですか」
「む。恥ずかしいので、あまり言いふらさないでくださいよ」
「ははっ!それはいい。善処しましょう。なに、軍属では珍しいことでもありません。皆醜聞を恐れて口を噤んでるのですよ」

 渡したタバコを1本出し、火をつけずに軽く咥えた尾形の流し目が刺さる。何かを含んだ視線の意味がわからず困惑した。醜聞って言い過ぎだろ。タバコ吸えないことがそこまでなるか?世話役の軍曹はあっさり教えてくれたけど。俺への信頼ゆえかな。

「……そうなのですか?醜聞というほど、そんなに?」
「さて。温室ではそうでなかったやもしれませんが」
「はあ……?」
「──しかしまァ、フ、横恋慕もご苦労ですな」

 エ゛。構えていなかった単語に喉からきゅう、と声にならない声が出た。

「……よこ、れんぼ?」

 う、うそだ。うそだあ。夢だと言って。またからかって、意地悪言ってるんだろう、と思いたいのに。
 俺の反芻を聞き、尾形はわざとらしく驚き同情したふうな顔をする。眉尻を下げて、しかし口元には軽い笑み。

「てっきりお知りのうえかと、それは悪いことを……」
「う」

 ほろりと涙がひとつぶ頬に落ちる。うえ……いや、泣かない、ここで泣くわけには。既に人前で号泣しているもののそう何度も見せたくないと俺のプライドが言っている。
 ぐい、と袖で拭くと、尾形は「擦ると赤くなります」と俺の手を止めた。俺より背が高いくせに、わざわざかがんで俺の顔を覗き込む。

「噂ですから」
「うわさ」
「……ええ、ただの噂ですから、確認しにまいりましょうか」

 にたりと悪魔が笑って、でも俺は恋をしていたから見えなかったのだ。恋は盲目、あはれなり。



 その晩。俺の権限で外出許可を得た尾形に連れられて行ったのは、既に閉まっている菓子屋の裏手。兄妹が暮らす店の居住スペースで、路地の隙間に潜むのは泥棒か俺たちくらいだろう。これは流石に、と躊躇する俺に「よろしいので?」と煽ってくる尾形は音もなく家の蔀戸を外から開けた。上等兵はそんなことも出来るらしい、恐ろしいことだ。ほんの少しの隙間は、軽く背伸びをすれば覗き込めた。見なきゃ良かった。

「っア、兄さ……んう、ちゅ…」
「とき……ああ、おとき………」

 夜の風の音に紛れて、この距離では軽い水音すら耳に入るのだと田舎の静けさは俺の味方をしてくれない。ふたりの男女が重なっている。
 月明かりが隙間から差し込んで、薄らと体の輪郭を映す。覆い被さる鶴吉の首に回された手はしっかりとうなじをつかみ、しがみついて肌を撫でていた。

 ひゅう、と自分の喉の音でハッとした。
 慌てて逃げるように路地を抜けて通りへ出る。逃げるように、というか、逃げたのだ。バクバクする心臓と手足が一致せず、滑って無様に転がる。
 そんな。ばかな。
 思ってもみないことに、感情が追いつかない。土で汚れた服や、少し擦りむけてしまった手を気にする余裕もなく、力なく地に座り込んだ俺の肩に後ろから分厚い手がかけられる。

「ああ、おかわいそうに」

 吹き込まれる低い声は、一瞬父かと思うほど似ていた。触れた手の圧にびくりと肩が揺れてしまう。だが、父は絶対にしないさすられる温もりに、引きずられるようにぼたぼたと涙が出た。そして、涙に濡れた唇にやわらかなものが触れた。
 少し冷たく、かさついている唇は程よい厚さで皮膚を押す。父の唇は薄めだから、この唇はおももに似たのだなと関係の無いことに意識を飛ばした。飛ばさざるを得なかった。

 真っ暗な瞳は閉じられることなく俺を見ていた。尾形の眼球に反射する俺は間抜けな顔をしている。
 呼吸のあわいから、ぬるりと差し込まれた舌からは俺の涙の味がして嫌だなと思った。くちゅりと唾液が音を立て、舌先が押し付けられるとじわじわと苦味を感じる。尾形の息が俺の口に入り、昼間吸って不味いと思ったあの香りがした。う゛ッ、タバコ嫌い。嫌な臭いと先程の光景が合わさりうめき声が出る。
 う、うう、うううう。
 なんでえ。おときちゃあん。
 尾形は唇をひと舐めした後、目が溶け落ちそうなくらい泣く俺を引っ張って兵舎まで連れて行った。元はといえぱお前のせいなのに、事情を聞いてくる人間に対して俺が泣いてて喋れないのをいいことに「花沢少尉殿のわがままには困ったものです」などとよく言えたもんだ。世話役の軍曹は何かを察したようにどこか微笑ましい顔をしていたけど、俺はまだ尾形が異母兄だって知らないんだからな。
 ああ美しき哉、きょうだいあい。儚い恋は破れたり。俺の兄貴は、こんなに怖い。っていうか。

 ねえなんで俺尾形にファーストキス奪われたの????

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