ALBATROSS

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ひかる×OP .5

もぐもぐと小さな口を懸命に動かしてシフォンケーキを食べるナマエは、この船のナースとはまた違う癒しだ。渋りながらも乗船を許したオヤジにとっても、俺たちにとっても、そして何よりナマエを拾い絶対に降ろさないと強い意志を表した奴にとっても。その張本人はおやつを食べるナマエを愉快そうにじっと見つめている。その瞳は蕩けるように甘く、そんな表情を見たことの無い俺たちは唖然としていたが日々慣れてしまうもので、むしろそんな顔をさせられるナマエに驚嘆したもんだ。しかし、しかしだ。

「明らかにやべェよなあ……」
「何ブツブツ言ってんだよい」
「いや、ほら、あれ……」

書類の期限がどーたらとうるせえ一番隊隊長殿にご機嫌取りの超美味いコーヒーを入れてやりながら、横目でちょいとそちらを示すとマルコもまた2人の姿を目に入れた。そして、首を傾げる。

「いつも通りじゃねェか」
「そうなんだけど、そうなんだけどさあ」

ナマエがこの船に来たときにも、同じようにぞわっとしたことを思い出した。
偉大なる航路を巡航中、あれは確か夏島を出てすぐのところだった。甲板で手合わせをしていたイゾウが、突然海に飛び込んだのだ。普段は着直すのが面倒だとか言って自分から海へ入るのはあまりしないイゾウが自ら入ったことに驚いたのは当然のこと、すぐに上がってきたイゾウの手に死にかけの子供が抱かれていたことは予想外の驚きだった。船医を呼べと船員に急がせている間に口を開かせ水を吐き出させても、幼い子供の止まった呼吸が再開されることはなく、胸部圧迫をしながら迷わず人工呼吸を行ったイゾウの判断は正しかった。広い船内を船医が頑張って駆けて来たときには、ナマエは目を覚ましていたが、それはもはや奇跡に近かったという。そうして目覚めたナマエの中から、記憶というものがごっそりと失われていた。一番近くであった夏島から来たのかという問いにも、どこの島に住んでいたのかという問いにも、何故1人海に浮いていたのかという問いにも、何も答えずぼうっと船医見ては首を傾げ、地図を見せてもただ細い指で海図をなぞっているだけだった。ナマエ自身も混乱していた。おそらく命を失いかけショック性の記憶喪失なのだろうと船医もまた肩を落とした。それは記憶を失い帰る場所を見失った少女への哀れみと共に、泣くことの無い表情や、今にも折れそうな細く小さい体、そして大柄の男や大きな声に怯えた様子にナマエがどう暮らしてきたのかというものが垣間見えたからだ。報告を聞いたオヤジは、白ひげの旗を掲げる安全な島へ保護すると決断し、それは当然の流れだった。しかし、それに首を振ったのはイゾウだった。珍しくオヤジに食ってかかり、ナマエの面倒は俺が見るとまではっきりと口にして、実際イゾウは甲斐甲斐しく医務室にいる少女に寄り添った。ペットじゃねえんだから、と様々言われたろうに、奴は諦めることなくナマエを手元に置いた。折れたのは俺たちの方だ。どちらにせよ島までは時間があったし、普段いることの無い幼い子供に癒しの足りないおっさん共が魅了されるのも無理はない。オヤジだって自分の腹の上で昼寝をさせる始末、可愛いわけだ。そうしてナマエが白ひげの一員となったわけ、だが、ずっと見ていた俺はイゾウのあまりの執着に忠告したことがある。

『お前、そういうシュミなの?知らなかったわ』
『あ?どういう意味だ』
『ナマエが可愛いのはわかるがよォ、安全な場所で幸せに暮らすのもあの子のためじゃ』
『うるせェ』

ナマエは、俺のものだ。

海賊らしい顔だった。獰猛で、傲慢で、欲にまみれた獣の表情。獲物を捉えた戦場でしか見たことない顔は白く清らかな医務室では酷く異質なもの。たまたま拾っただけの存在に、そこまでの欲を見せるとは思いもしなかった。俺は、何も言えなかった。
そうした結果がこれだ。しばらくはビクビクしながら様子を見ていたが、イゾウが意外の固まった欲を少女にぶつけることはなく、むしろこうしてどろどろに甘やかしている。魘されているからと共に眠り、寝起き1番の寝癖を治してやり、何も言わない少女の心を探るように少しずつ懐柔していった。熱を出したときはつきっきりで看病し手ずから粥を食わせる始末、古参のクルーたちも目を剥いたものだ。しかしもう慣れてしまった。マルコの言う通り、”いつも通りだ”と済ませられるほど。
ナマエの頬についたクリームを舐めとるイゾウにむず痒くため息を吐いた。ナマエは何事もないように食事を進めている。あの子も慣れてしまったというわけだ。

「流石に孕ませやしねェだろい」
「………………マルコ、お前もやっぱり」
「しばらくはイゾウの好きにさせてやんな。決めるのはナマエだ」

とはいえ、既に洗脳され済みのナマエがそう簡単に逃げられるとは思えねェがねい。
そもそも海賊に拾われた時点でもうダメなわけだ。せめてギリギリまで逃がしてやるというのが俺たちからの精一杯の優しさ。
容赦ないマルコの言葉に、俺はぞわぞわとした嫌な予感を感じながらも頷くしかなかった。

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