ポロロロロン♪
両耳に聞き慣れたアラーム音が飛び込んできて、桜都花はうっすら目を覚ました。思いのほかぐっすり眠っていたようで、心なしかスッキリした気がする。桜都花は得した気分で座席から立ち上がった。
その瞬間、初めて桜都花は異変に気がついた。
(誰も……いない?)
自分以外の乗客が全員消えている。桜都花は焦って腕時計を見た。電車に乗ってから18分。まだ仕事場の最寄り駅は通過していないし、学生が数多く降りる駅は自分の降りる駅より後だ。こんなタイミングで乗客が自分だけになることは有り得ない。
「何なのこれ……」
ジワジワと心の底から上がってくる恐怖を振り払いながら、桜都花は辺りを見回した。トンネルに突入したようで外は真っ暗だった。節電のために車内の電気は最低限しか点いていない。暗闇がより一層の恐怖心を煽る。
(分からないけど、とにかく早く降りなきゃ……!!)
桜都花は荷物を抱えると扉の前に立った。足が震えているのが分かったが、それでも座っていたくはなかった。もうどこでもいいから早く到着してほしい。一刻も早く、この奇妙な電車から降りたかった。
急に電車がスピードを落とし停車する。まだ外は真っ暗だったが、目の前のドアが開いた。
「眩しっ……!」
トンネルの中のはずだったのに、ドアの外は目を開けていられないほどの明るさだった。あまりの光量に先がよく見えない。桜都花は一瞬躊躇したが、外へと足を踏み出した。暗闇よりは明るい方がマシだと感じたからだ。
目を細めて周囲を観察する。よくよく見れば、光の世界はまっすぐ続く一本道だった。その先には重そうな扉が待ち構えている。どこをどう考えても、ここが駅ではないことは明らかだった。
「………あー、もう、どうしろって言うのよ!?」
桜都花は少しずつ冷静さを取り戻し始めていた。一人きりの電車は凄まじく恐怖を感じたが、ここまで非日常的な空間だともうどうしようもない。もしかしてこれは夢なのではないだろうか、とまで思えてきた。恐怖心さえ克服できれば何とかなる。
(あいにくそんなにヤワじゃないんでね……!)
度胸には自信がある。もう桜都花は覚悟が決まっていた。目の前にある扉を開けるしか、道は残されていない。
「それしかないんだから、開けるしかないでしょ」
扉の前まで歩き、取っ手を掴む。見た目通りの重たさに、桜都花は履いていたパンプスを脱いで全身で扉を押した。少しずつ開いていく扉に全体重をかける。
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