デルカダールの追っ手から逃げ続けて半月ほど経った頃、俺は痛いほど思い知った。
 俺の相棒がとんでもなく世間知らずの天然勇者サマであったという事を。
 
 まず町中に入れば、困っている人を見かければ我先にと声を掛けて手助けを慣行する勇者サマ。例えそれがどんなに人相が悪い連中でも、困っている人間を助けるのは大好きだった祖父からの教えなのだから守らないわけにはいかないと本人は言う。全く筋金入りのお人好しだ。
 おまけに陽の当たらない薄暗い路地裏を平気で歩き、その手のいかがわしい店の客引きやごろつき連中がウジャウジャいるにも関わらず、その綺麗な顔とおっとり笑顔で「こんにちは〜」なんて言って挨拶する始末。客引き連中は当然その見目麗しい勇者サマを放っておくわけもなく、あの手この手の善意を装った誘い文句で誘惑し、善意の塊みたいなもんな勇者サマは簡単に騙されて客引きの口車に乗せられてしまう。そんな俺は店内に引き入れられそうになっていた勇者サマを間一髪助け、後でこってりお説教をしつつ、無知な勇者サマに悪さをするのは魔物だけじゃなく人間にもいる等いろいろ教えてやったんだ。

 人を疑う心を知らなすぎる上に恐ろしいほど無知すぎる。
 嗚呼、無知って怖い。危なっかしくて見ていられず、それ以来戦闘のみならず私生活についても何かと俺が世話を焼くようになったのだった。
 まあ、そうでなくてもこの勇者サマは今はいろんな意味で脆いから、俺がそばにいないと簡単に壊れてしまいそうで怖いっていうのもある。一気にいろんなものを失いすぎて、天涯孤独みたいなもんで、頼れるものはこの世に俺だけしかいない状況に陥っているのだから当然っちゃあ当然なんだが。
 不謹慎だが、逆にそれが嬉しいと思ってしまう俺。この世で俺だけが味方だって求められて頼られる。それがすごく個人的には俺は満たされていた。いつも俺の隣にきて「カミュ、カミュ」って名を呼んでひよこみたいについてくる姿が健気で、それで胸が締め付けられて、放っておけなくて、可愛らしいとさえ思えてしまう。
 この勇者サマを見ていると本当に庇護欲がわいてしまう。いや、それ以上にもっと――……


「カミュ……どうしよう」

 俺が湯浴みから戻ってくると、扉を開けた瞬間に勇者サマであるイレブンが半泣きな状態で入口に立っていた。いきなりの綺麗な半泣き顔面ドアップに俺はドキッとしてしまう。
「どうしたんだよ」
 平静を装い、普段泣かない所か村を滅ぼされた時でさえ涙を見せなかったイレブンの目尻には涙が浮かんでいる。
「あ、あの、僕……おかしくなってしまったんだ」
「は……?」
「こ、これ……」
 恥ずかしそうに閉じていた己の拳を見せて恐る恐る開くと、掌には白い粘ついたものが。
「お前……」
 俺は目を凝視した。だってそれはアレだろ。
「僕、変なんだ。カミュの事考えてたら……フワフワして、ドキドキして、これからもずっといられたらって考えていたら、次第にえっちな事考えるようになっちゃって、こんなのいけないって思ってるのにとまらなくて、気が付いたら……これ出てて」
「イレブン」
「僕、変だよね。どうしちゃったんだろう。病気なのかな」
「は、いや、それは病気ってわけじゃなくて」
「僕……死んじゃうのかな。こんな白いの出しちゃうなんて」
 まさか、知らないのかよ。嘘だろ。もう突っ込みどころが多くてどこを突っ込んだらいいんだよ。
「死なねえよ!」
 俺は頭を抱えながら慌てて否定した。
 嗚呼、本当にこの勇者サマはソッチ方面も全然すぎる。

 16歳で成人したと言っても中身は子供と一緒じゃねぇか。イシの村って所は性教育もまともに教えてなかったのか。今となっちゃああれだが、村の連中よ、剣術稽古や魔法をご指南するのは実に結構だが、大事なそっち方面をなぜ教えない。16にもなって射精も知らないとなると相当ヤバいだろ。てかあり得ないだろ。
 こんな事を言っちゃなんだが、子供の作り方はどうするのとかコイツに訊ねりゃあ「コウノトリが運んできてくれる」なんて平気で答えそうで怖い。

「いいか、それは病気じゃない。それは男ならだれでも起こり得る生理現象だ」
「生理現象………それ本当?」
「本当」
「僕は死なない?嘘ついてない?」
「だから本当だって。嘘言ってどうする。俺がお前にうそついた事あるか?」
「ない。カミュは僕には嘘つかないもんね」
「あー……ははは。まあな」

 ついたことないと思う。今後もつかないとは思う。だって騙されやすいこの勇者サマについても良心が痛むだけだからな。いっぱしの盗賊だった頃は嘘なんて十八番みたいなもんだったから、今となっちゃ黒歴史にしておこう。ともかく、この無知な勇者サマに俺が教えてやらないとっ。
 その後、何も知らない純情な勇者サマに射精について一から十まで説明した。実演でしてやろうとも思ったが、さすがに俺の良心という名の胸が痛んだので止めておいた。
 それにしても、この歳になって性教育のお勉強を教えることになるとは思わなかった。

「お前、今までで一度も射精した事ないのか?」
「うん。初めてだよ」
「………そ、そっか」
 頭だけじゃなく心も体も世間知らずだったんだな勇者サマは。まさしく純真無垢というかなんというか。
「村ではこういう事教えてくれる人いなかったのか?」
「こういう事?」
「んー……エロい事とか、女の人を見たらドキドキとかだな」
「うーん……エロい事ってよくわからないけど、女の人見てドキドキはした事あるよ。幼馴染のエマにね」
「ふーん……その幼馴染の事、好きだったのか?」
 わきあがる嫉妬に冷たい声で訊ねると、イレブンは顔をぶんぶん横に振る。
「エマは僕には勿体ない子だと思ったから別に好きって所まではいかなかった。ずっとあの村で過ごしていたら好きになっていたんだと思うけど、エマは幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもない。大事な親戚みたいなものだよ」
「親戚……そうか」
 胸の奥のしこりがスーッと引いていったのは内緒だ。





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