DQ6 | ナノ
 序章

 いつからだっただろう。
 あの夢を見るようになったのは――…。
 自分によく似た少年とその仲間二人が邪悪な魔王を倒しに行くお話。一見どこにでもありそうな定番の架空の物語の一つだれど、正義の立場である勇者が最後には負けちゃうんだ。どこか懐かしいようで、でも全く見覚えなんてない。ぼくはこの映像を知っているようで知らない。

 きみはだれ?
 ぼくはだれ?

 普通、生い立ちが明確にされている者がこう思うのは可笑しい。じゃあ、どうしてこんな夢を見るのだろう。今の自分は妄想か…それとも…前世のなごりか。あるいはそれ以外の何でもないのか。

……ぼくは…一体何者なんだろうか……?

 今分かる事といえば、ぼくは何度でも悟る事になるだろう。
このあきらめきれない真実に。










―― 悪夢(序章) ――










 ぱちぱちぱち。

 真っ暗な闇の中、焚火と鈴虫が鳴く音だけが芳しく響いていた。
 不思議な静けさが漂う森でも、時刻のほどはもう大人でさえも寝静まっている時間帯であった。空には物言わぬ白い月。風は生暖かい。空気は澄んでいる。とはいえ、今宵は邪にとっては妙に血が騒ぐ日であることには変わりない。
そう、こんな日に限って――…。

 穏やかな森の奥深い場所から二つの人影が存在していた。旅人風のあどけない顔の少年と美しい容姿をした女の二人組である。
 少年は15にも満たない若造である。青いサラサラした髪を動きやすいようにとわざとらしくたてて、服装はいたってシンプルな旅人の服を纏っている。ツギハギだらけの汚れきったマントはずっと愛用してきた旅のお供。まだ幼さが残る稚児めいた顔つきで、どこか纏っている空気が純粋で育ちのよさを醸し出しているが、幾度となく死闘を積み重ねてきた屈強さも漂わせていた。

 女は成人したかしてないかの大人びた雰囲気だった。クールで冷たい印象を受けやすいが、誰よりも優しさと厳しさを併せ持っている。紺と白の絹生地を重ね着し、長い金髪を背中で結いまとめた旅人というよりも占い師のような格好。一瞬場違いなんじゃないかと思わせる彼女も旅人である。
 二人の関係は姉弟にしては到底似ていないし、恋人に例えても年の相違に違和感を覚える。旅の仲間と言ってしまえばそれまでだけれど、それでも二人の間には長い旅を経た絆のようなものが見え隠れしている。

 旅を始めてからもうどれくらい経っただろう。彼らはなんのために旅をしているのだろう。

 二人が囲んだ真ん中には、暖色の灯がゆらゆらと小枝をよく燃やしている。
 焚火がぱちんと大きく弾いた瞬間、夢の中での”自分”によく似た少年がはっと目を覚ました。虚無の彼方から一瞬で現実に引き戻され、ごしごしと目を強くこすって上体を起こす。夢を見ていたはずなのに眠りが浅かったようだ。

「あら目が覚めた?まだ寝ていてもよかったのに、あまり眠れなかったようね」
 斜め前に座る金髪の美しい女性も目を擦っている。彼女もよく眠っていたようだ。
「…うん。なんだかそわそわしちゃって」
 少年が気だるさを感じながら頭をかいている。
「無理もないわ、いよいよですもの。それより彼…どこまで見に行ったのかしら」
「遅いね…心配だ」
 携帯している懐中時計を見れば0時過ぎ。
「ぼく、近くを探しに…」と少年が立ち上がろうとした途端、近くの草木が怪しくざわめいた。

 少年は枕代わりにしていた剣に手をかけ、女もすぐに動けるよう身構える。鋭い視線を気配がする方へ向け、緊張感が一瞬だけ流れた。
「すまねえ。驚かせちまって」

 草木の音の正体を知ると、二人の顔はすぐに破顔した。格闘でもやっていそうな獰猛な体つきの大男が、草木をかきわけて姿を現す。ブロンズの鍛え抜かれた肉体を惜しげもなく見せ、頭の頂点だけを残した髪が風に揺れている。
二人の頼りになる仲間の一人。

「なんだ、びっくりしちゃった。で、どうだった?」
 二人の顔が真剣になる。
「ああ。間違いねえ。あれこそが魔王の居城だ。上から下まで要塞じみてて、近づくだけで悪の気配をこれでもかってくらい感じる。おっかねえ城だぜ」
 大男はどすんと地べたにあぐらをかいて座り込み、よっぽど喉がからからだったのか自前の水筒を取り出して一気に水を飲み干す。
「でも、どうやってあそこまで行けばいいんだろう。断崖絶壁で外からの侵入は翼でもない限り不可能じゃないかな…」
「大丈夫よ」と、女が言う。
「こういう時のために私が着いてきたんだから」
 女はかばんの中から白い陶器のようなものを取り出す。古びたそれに目を奪われた。
「それは?」
「ちょっと変わった笛なの。今にわかるわ」
 女は炎を静謐に見つめた。
「この戦いに勝てば、世界に平和が訪れるはずよ」
「ああ、やってやる。そのためにここまでやってきたんだ」
 飲み干した水筒を懐にしまい、顎に滴る水の雫をぐいっと拭って腹をどんと叩く。
「こうしてじっとしててもしょうがねえ。そろそろ出発しようぜ」
 少年の肩をぽんと叩き、大男は振り返りもせずに森の奥へ足を進める。
「行きましょう。もう後戻りはできないのだから」
 女も言いながら大男に続く。
「…この戦いに勝てば…きっと父上も母上も助かる…!」

 少年は改めて何かを決意したように胸をぎゅっとおさえた。枕代わりにしていた愛刀の剣を背中に背負い、焚火の始末をして二人が向かっていった後へと続く。
 暗い森を抜けるとすぐに断崖絶壁の突端。ふらつくほどの強い風が吹いている。

「あれが魔王の城だ」

 少年が遅れてやってくる。二人が崖の先の向こうを見据えている。彼らの視線の先には禍々しく聳え立つ魔の城。まるで、この周辺だけが悪の波動に覆われているかのように崖下の波が崖岩を叩きつけ、荒々しく潮の飛沫が飛ぶ。立ち込める暗雲と邪気が、自然の摂理をも狂わせていた。

「言い伝えが本当ならこの笛で…さあ、吹くわよ」

 女が先ほど見せた笛を口に当てる。聞いたこともないような旋律が響き、二人は耳を澄ます。奏で終えた途端に、どこからともなく黄金に輝く竜(ドラゴン)が現れた。
「こ、これは…すごい」
 女を除いた二人が驚いている。
「さあ、二人とも乗って。この竜が城まで連れて行ってくれるわ」
「ヒュウ、さすがだぜ」
 三人は竜の背中に飛び乗り、跨ってから何重にも綱で自分らと竜を縛りつける。強い突風が起きても吹き飛ばされないためにより強固に。
「あの城の入り口まで頼むよ」

 少年がドラゴンの頭を撫でると、承知したと言わんばかりにドラゴンは飛び立つ。黄金の翼をはためかせて高度上昇して旋回する。たちまち地上にいた時より風は激しくうなり、雨は降り、すぐ近くの雷雲がゴロゴロと轟く。目を開けている事さえも困難で、風を切るような鎌鼬がさらにビュウビュウ自身をかすめる。かすり傷が体中に蓄積され、思わず手が緩みそうになるも必死に落ちまいとしがみ付いた。なまじ下手をして、飛ばされて海の藻屑となるなんて御免だ。三人はひたすらふり飛ばされないようにと、しがみつく事に全神経を注いだ。

 闇の城へと侵入できたのは瞬き何十回目の事。やっと数分間の地獄の台風体験を終えた。城の入口へ三人を降ろすと、ドラゴンは役目を終えてまた空の彼方へ飛び去って行った。

「ひー…あんな恐ろしい体験はもう御免だぜ。俺は高所恐怖症なんだ」
 へとへとになりながらぼやく大男。
「はは、そんなセリフは魔王を倒してから言いなよ」
 少年も顔を引きつったまま苦笑している。
「さあ、先に進みましょう」
 女は顔色一つ変えずに淡々と前を向いた。



 どでかい門を跨ぎ、荘厳な大理石が一面に広がった広間へと出た。
 魔の居城にしては似つかわしくない贅沢で粛々とした空間の中で、ひどく冷たくておぞましい空気が漂っている。赤い刺繍の絨毯が真っ暗な地平線の奥まで続いているようだ。
(なんて広い城なんだろう)
 どんな魔物が四方八方へ出てきても対処できるように、あたりを警戒しながら歩く三人。それにしては辺りは不気味なほど静まりかえっていた。
 いくら待っても魔物一匹さえもでてくる気配はない。おびただしい魔の気配をこれでもかと感じているのに、まるで客人(エモノ)の手出しは無用とばかりに、わざと奥へ招かれているような気がした。窓の外から稲光が走り、ゴロゴロと轟いている。これが何を意味するのかなんて容易。
 緊張感が張り巡らされている中で、少年が我慢ならずに口を開く。

「おかしいよ」

 三人はこの扉の奥に魔王がいるであろう扉の御前にいた。
「そうだよなあ。辺りはこんなにも邪悪な気配でいっぱいだっていうのに、一匹も魔物が出てきやがらないぜ」
「罠…としか考えられないわ」
 女が当たり前のように言った。
「へっ、罠だなんてわかってた事だろ。魔王を倒すってデカい事やらかすんだ。罠くらいで今更怯えてられるかよ」
 大男が気丈に振舞う。
「そうね。考えてても仕方ないわ。敵の総本山のど真ん中で文句を垂れていても仕方ないもの。どうせ罠でも、その罠に乗ってやりましょう」
 少年も頷く。
 同じ気持ちだった。
「じゃあ、行こう」
「よっしゃ、じゃあこのどでかい扉を三人で開けるぜ」
 三人は目線をあわせて頷き、巨大な扉に手をついた。高まる気持ちをおさえ、平然を装いながら力を込める。
 ゴゴゴと重々しい扉がゆっくり開いていくと、
「こ、これは…!っわ」

 扉の中は真っ白な煙がかかっていた。
あまりに濃度の濃い煙なので奥が全く見えない。魔王の姿さえも。三人は何か得体の知れない力によって、煙の空間へ引きずり込まれた。

「うわああ」
「な、なんで…か、からだが…う、うごかない」
「ど、どうなって…やがんだ。しかもなんにも見えねえぞオイ」
 白い瘴気のせいか、魔力のせいか、体がズシリと重くなる。
 徐々に全身に痺れを感じ、重くなっていく体は金縛りにかかったようにマヒ状態にかわった。部屋の中央であろう場所でもがいていると、瘴気の奥から低く地鳴りのような哄笑が聞こえてくる。
「ふはははは。その程度の力量で俺様に挑もうなどと笑止千万。愚かにも程があるぞ」
「な…っ…きさまが…ま、魔王…」
「ち、畜生…動けねえなんて…」
 三人が必死で手足を動かそうとするも、瘴気を浴びたマヒ状態では微動だにできない。苦しさから喉が干上がっていく。
「その愚かさを後悔し、石となりて永遠の時を嘆き悔やむがよい」

 空間上に現れた魔王の目が睥睨し、妖しく光る。すると突然三人の体が浮遊し、振り回されている人形のように回転させられる。そのスピードは徐々に速まり、目が回るどころのものではなく、胃に入っている物が逆流してしまうかの勢い。
 気が付けば体は徐々に冷たく硬い石と化していくではないか。三人は自身の状態に青ざめた。このままではやられると。なんとかこの魔力から逃れて抗ってみせたい。魔王相手に一矢報いてやりたい。

 それでも、強くもがけばもがくほど無情にも石化するスピードは早まり、三人の体は完全に動かぬ石像と化した。遠くの方で高笑う魔王の声が癪に障る。消えていく意識の中で最後に聞いたのがそれだった。


 このままでいいのか。
 このまま終わっていいのか。せっかくここまで来たのに。
 魔王を倒すために頑張って来たのに。
 いや、終わらせるわけにはいかない。
 たとえこの身が石像となって、永遠に冷たい空間を彷徨う事になったとしても、魂だけは消えやしない。

(…必ず、必ずここへ再びやってきて、魔王を倒してやる――…!諦めない!諦めてなるもんか!今度こそ…奴を…奴を倒す!)

 もう一度、戦いの舞台へ――…きっと。
 薄れゆく意識の中で強く誓った。



 序章/完

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