がたり、勢い良く机から顔を上げ椅子を引く音が放課後の教室に響いた。微睡むには丁度良い心地よさの夕焼けが透明な窓を通して横顔を照らす。紅潮した頬を隠すには十分なほどの光彩だった。口を魚のようにぱくぱくとして焦る僕とは裏腹に、狩屋くんは青空のような髪をゆらりと靡かせ「その顔超笑えるんだけど」そう言って本当に吹き出している。心底楽しそうな笑みを浮かべていて、まるで幼い子供のようだ。

「か、狩屋くん、今、何して…!」
「何って、キスだけど」

当たり前のことのように平然と言ってのけるので、尚更顔に熱が集中する。柔らかい唇の感触が頭から離れない。まだ確かに狩屋くんの存在が僕の体に生きているのだから、何だか生々しくて気味が悪かった。

「たかが額にしたくらいで顔真っ赤にしてんなよ」

そう言って額を小突く狩屋くんは、同い年には見えない顔付きをしている。

「だ、だって、いきなりこんなこと、びっくりするよ」
「輝くんが寝てるから悪いんだろ」
「ちょっとうとうとしてただけなのに」

ちょっと、どころでは無かったかもしれないけど。しかしこれではあからさまに不意打ちだ。狩屋くんはいつも上手い具合に唐突に僕を惑わせる。勿論予告は一切無し。予告するとかただの馬鹿だろ、と以前に指摘した際あしらわれたのを思い出した。
そういえば、と僕は言葉を続ける。先ほどまで狩屋くんは先生に呼ばれていた。何でも、授業中に携帯が鳴ってしまったらしい。それを待っている間に、僕は机に突っ伏して仮眠に入ってしまったという訳だ。

「思ったより遅かったけど、どうかしたの?」
「生徒指導室ってどこだか分かんなくてさ、俺、まだサッカー棟と自分のクラスしか覚えてないんだ」
「言ってくれれば一緒に行ったのに」
「何だよ、早く言えっての」

不機嫌そうにむ、と軽く頬を膨らます仕草はいつもとは違って、年相応のそれだ。狩屋くんは何だかんだ優しくて、案外素直で子どもっぽいところがある。たまに見せてくれるそういう一面も、僕は好きだった。
黄昏時というのもあって窓の向こう側は橙色に群青色が滲んでいる。それを一瞥して鞄を肩にかける狩屋くんの姿を見たとき、なんとも言えない焦燥感が体をびりりと突き抜けた。何だろう、まだ、帰りたくないよ。

「今から校舎案内します!」

咄嗟だった。僕は確かにそう叫んでいる。ただ、狩屋くんと離れたくない。理由はそれだけだ。狩屋くんは口をぽかんと開けたまま。僕、もしかして、変なことを言ってしまっただろうか。そう考えると一気に威勢が無くなり、後に出る言葉はぽつりぽつりと小さくなる。

「あ、あのね。僕、まだ狩屋くんと一緒にいたい。……駄目、かな?」
「っだ、駄目なわけ無いじゃん。いきなりそういうこと言うなよ、ばか」
「えへへ、ありがとう」
「じゃあほら、まずは理科室よろしく」
「はい!」

こっちですよ。そう言い切る前に、手首をぐいと引っ張られ僕は頓狂な声をあげた。狩屋くんは一頻り笑ったあと、状況が分からない僕に対し早くと急す。まだ手首は掴まれたままで。僕はその意図が分からず狩屋くんを見ると、また少し不機嫌そうに顔をしかめている。

「あ、手繋ぐの嫌?」
「え、違うよ!ただ…いきなりだったから、恥ずかしくて」
「なんだ、ならいいや。可愛いから許してやるよ」

指と指が絡まって、狩屋くんの体温が指先から伝わる。じわりと僕の体温が狩屋くんに侵食されていく。ぼわ、とまた顔が赤くなってしまう。狩屋くんはというと、満足そうにしていて、さっきまでの不機嫌さは何処かへ飛んでいったらしい。

「輝くん、顔赤いけど。そんなに俺の体温気に入った?」

ガラス玉のような綺麗な瞳が僕を捕まえて離さない。濁りのないその山吹色に吸い込まれそうで、もう自ら溶け込んでしまいたかった。空の二色がどろりと混ざり合ったのは、そう思ったのと同時で。僕の顔はついに夕焼けでは隠しきれないくらい赤くて、もたれ掛かるように狩屋くんの肩に顔を埋めた。

どろどろにとける/輝くん企画「おいっこ!」様へ提出。

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