∵
*生き物の飼い方マニュアルの兄弟
/電気アンマ・おもらし
俺が14のとき、年の若い女とその子供が家に転がり込んできた。
女は俺の親父が毎晩酒をのみに行く店のホステスで、子供はそいつの連れだった。
代わる代わる連れてくる女の一人だと思いきや、親父は相当その女に惚れ込んだようで、その子供ともども一緒に暮らすようになった。
忠太と名乗るそのガキはまだ7才。
ちょうどそのとき俺は中学二年になるところで、よくいう思春期・反抗期真っ盛りだったわけだが。
「おにいちゃんあそぼう!」
「おにいちゃんなんで髪の毛きんいろなの?」
「おにーちゃん!おにーちゃんおにーちゃんおにーちゃん!」
うるせえ。
家に帰ると真っ先に俺のとこまで走ってくるし、女には「瞬一くんにべったりね」なんて言われるし正直さんざんだった。
そんな日々が何ヵ月か続き、トントン拍子に親父とその女が籍を入れてからは親父もいままでの酒癖が嘘みたいに働きだしたのだった。
そしてそんなある日のことだった。
「おにいちゃん、ママねっ、おしごとの帰りにパパのことおむかえ行くから遅くなるって」
真ん丸い目をくりくりさせて忠太が俺の部屋に入ってきた。
最初のうちは追い返していたが、あまりにもしつこいのでもう無視。
鍵をつけることも考えたが、そうすると親父がうるせぇから仕方ない。
つーかパパって。順応性高いな。
そのままいつものように無視して漫画を読んでいると、ぼすんと隣に座ってきた。
あーうざってぇ、と舌打ち。
「てめー勝手にベッド乗んな」
「…おにいちゃん、おれのこときらい?」
ぴく、と肩が揺れる。
いや、いやいや。気色わりぃな、何をいきなり言い出すんだこいつは。
いっつもヘラヘラして、俺と遊ぶことばっかりしか考えてないようなこいつがそんなことを言うなんて。
俺は一瞬ひるんで、言葉につまった。
「やっぱりきらいなんだ…」
「べ…別にそういうんじゃねぇよ」
「じゃあ遊んでくれるっ!?ぼくプロレスごっこしたい!」
学校でいつもしてるの!と忠太が目を輝かせて襲いかかってきた。
いきなりかよ!!
制止する間もなくいきなりタックルをくらいぐらついてしまった。
くそ、こうなったら誰もが降参するあの技を…
「ひゃあっ!」
「くらえ、電気アンマ」
忠太の両足首をつかまえ、ガクガクと足で股間を震わせる。
途端に大きな笑い声がきこえ、待って待ってと制止の声。
「きゃははっ!くすぐったーい!あはははっ」
ガキが、こんなことで喜んで何が楽しいんだか。
つーか俺もなにしてんだか…
自分の中でしらけながら、家に親父たちがいなくてほんとによかったと心から思った。
こんな楽しそうな声出されたら、仲が良いと勘違いされてしまう。
「ははっ、…っは、あ、ひゃあ…っ」
びく、と忠太の肩が不自然に揺れ出す。
あ、やべ、踏むの強すぎたか?そう思って若干力を抜いて攻撃すると、忠太は逃げるように腰を引いた。
「はぁ、あっ、んん…ッ!ま、っておにいちゃ…」
「降参か?」
俺の言葉にはっとして忠太はみるみる赤くなる。
「こ、降参なんてしないもん!!」
「じゃあ抵抗してみろ、じゃねーとやめない」
「やんっ!」
両足首を持ち直して思い切りグッと引き寄せると、腕に爪を立てられた。
やりやがったな、と思いガツガツ足を震わせてやると、忠太は笑うでも怒るでもない声を上げ始めた。
「ひんっ!あぁっ、あ、ひぁあっ…やッ!まって、しゅ、しゅんにい…っ」
瞬にい?!
そういえば前にそう呼んでもいいかって聞かれたような気がする。
が、今は関係ない。
忠太がぎゅううっと俺の足をほそっこい太ももで締め付けてくるからさっきみたいにうまく動かせないけど、懲りずにグリグリ踏んづける。
はやく降参って言えばいいのに。
「降参は?こ、う、さ、ん」
「やだあっ、ぜったい言わな、あっ!ひゃぁあッ!」
あまりにも強情なのでもう面倒になって、ガバッと足を大きく開かせてさっきより強く電気アンマをくらわせてやった。
降参の一言も言えないくらい強烈なのか、ひゃんひゃん言いながら忠太がのけぞる。
「やぁあっ!に、ちゃ…ッ、しゅんにぃ、あん、まって、でちゃ…っ!」
「!?」
ガクガクと忠太の内股が震えたかと思えば、足の裏にじわぁと広がるあたたかさ。
ぎょっとして見ると、忠太はお漏らしをしてしまっていた。
絶句する俺と、しゃくりあげて泣き始める忠太。
やべぇ、泣かした。
ていうかこれ親にバレたらけっこうまずいのでは…
ひやひやしながらとりあえず足をどけると忠太が俺の腕をきゅっと握ってきた。
いつもなら振り払うのにそのときばかりは振り払えず、ふと忠太の顔を見ると目も鼻も赤くしていて。
「ひ、っく、う…しゅんに、おれ、寝てないのにおねしょしたぁ…っ」
「!!!」
俺は固まった。
いやいや。いやいやいや。
それはないだろう。
でもなんだ、さっきまでの声が全部あらぬ方向へと変換されてしまう。
こいつが男だからフツーに手加減しなかったけど、なんで気づかなかったんだ俺。
「瞬にい、どこいくの?」
「いや、…トイレ…つーかそれ片付けなきゃなんねぇし…とりあえず色々してくる。いいか、そこ動くなよお前!」
「はぁい…」
*
「って、聞いてる?瞬にいが独り暮らしし始めた理由って結局なんなの?」
目の前には17になった忠太が、小さい頃と変わらない真ん丸い目で俺をみている。
急にそんなことを聞かれたから昔のことを思い出してしまった。
「…いや、なんとなく。ていうか逆に聞くけど…おまえ俺のこと最初に瞬にいとか呼び出したのいつか覚えてる?」
「えー?なんだそりゃ…全然わかんねー。瞬にいがめっちゃグレてた覚えしかないわ…」
おー、こわいこわい、と言いながら忠太は身震いした。
こいつあほだな、いや、あほでよかった。
俺が独り暮らしした理由、こいつと暮らすのがしんどくなったからなのにな。
だけど数年後に忠太が反抗期になり家を飛び出して俺の家に居候することになるなんてあのときは考えもしなかった。
もちろん、俺が死ぬほど我慢しなきゃならないことも。