∵猫を飼う。06
結局早く帰るつもりが予想外に少年に振り回され、すっかり夕方になってしまっていた。よほど楽しかったのか、まだまだ元気が有り余っている様子。
くたくたになって帰ってくるとリビングに瞬にいがいて、夜ご飯を作っているところだった。
「なんだ、瞬にい遅くなるとか言っといて全然早いじゃん帰ってくんの」
「まぁな。お前こそまた変なの拾ってこなかっただろうな」
冗談、と笑う。
そんなに頻繁に変なのが現れたら参ってしまう。
力なく座りマフラーをとっていると、少年がテコテコと寄ってきて同じようにマフラーを取ろうとする。
が、いまいち慣れないようで、四苦八苦している。
仕方ないから手伝う。
「サマになってんじゃねぇか、人間みたいだぞ」
「…まぁ基本的に人間に見えるし」
真新しい洋服に身をつつんだ少年を見ながら、瞬にいは鍋のなかをぐるぐるかき混ぜている。
が、少年がふわりと後ろを向いた途端にピタリと瞬にいの手が止まった。
「おいおいちょっと待て、そいつのケツがもっこりしてんのは何なんだ、どういう状況なんだそれは」
う、さっそく気付かれたか!
あのあと無理やりズボンにしまいこんで、確かにオムツでもしてるんじゃないかってほど不自然にふくらんでしまっている。
瞬にいに気付かれなきゃきっとこの方法でやり過ごせると思ってたのに、帰って一分でバレた。
「今この瞬間とんでもねぇクソでもしてんのかこいつは」
「違うわ!しっぽだって、俺もさっき知ったばっかなんだから」
ふーん、と瞬にいが少年のお尻をまじまじと見ている。
今さらしっぽどころでは驚かないんだろう。俺は思いっきりビビったけどね!
考えれば猫なんだから当たり前なんたけど。
少年がグイグイとズボンからしっぽを取り出す。ふにゃっとした銀色のしっぽ。
「じゃーん!こんなにながぁいっ」
「ひとりUMAが…」
うーまってなぁに?としっぽを振り回しながら少年が言う。知らんでいい。
耳やしっぽを隠せば、猫だなんて笑っちゃうくらい完全に人間なのに。それもとびきりの美少年なのに。惜しい。いや、惜しいのか?
どっちにしろこいつを外に連れていくとなると色々不便になっちゃうな。
「しまってると、しっぽがきゅうくつです…」
「よし、切るか?」
「切るか?じゃないよ!…って包丁!瞬にい包丁おいて!!」
どこに隠していたのか分からないが瞬にいが包丁を惜しげもなくチラつかせ始めたので必死で腕を掴む。
この馬鹿力ほんとにどうにかなんねぇのか…!!
「そ、そういえば外でこいつにご主人様って呼ばれたから、これから先どうやって呼びあおうかって話になったんだけど!」
「…名前か」
確かに不便だな、と瞬にいが唸る。
どうやら気を紛らわすことには成功したようだ。手のかかる…。
それにしても名前。
どうせなら外で呼んで一目置かれるような名前にしたい。
とにかくこいつはすげぇ美少年なわけだし、どんなのつけたとしても名前負けはしないはず。
そしてもしかしたら芸能界に繋がりのある人が少年に目をとめたりして、俺にまでオファーがきたりなんかして…口元がゆるんでしまう。
いやいや。俺は硬派な不良。芸能界でチヤホヤされてるうわついた奴らとは格が違うんだ格が…
「俺はちょっと洋風な感じにしたいなー。アレクサンダーとか、カミーユとかダニエルとか!よくない?」
「で、出たー、カタカナ使えばかっこいいと思ってる奴」
「そっ、そんなんじゃねぇし!!」
ちょっと格好いいと思っていただけに余計恥ずかしい。
だって外国人の名前ってだけで格好いいじゃん…
再びふたりで考え込む。
しばらくすると瞬にいが顎に手を添えて、
「俺は雪路とか源次郎とか重蔵あたりがいいと思う」
「任侠だよね?それ任侠だよね?」
真剣に考えてるからこそ困る。
瞬にいの部屋、任侠もののDVDばっかだからな…
もっとこいつらしい名前…猫だからとかじゃなくて、こいつだからこその名前がいい。
くりっとした目が俺を見上げる。
耳やしっぽ、ふわりとした髪の毛、きらきらの瞳…
「ぎん…ギン!」
「ギンギン?で、出たーなんでも下ネタ言えばウケると思ってる奴」
「無理矢理すぎんだろ!!違うってば、ギン!見ろってほら、こいつの色」
な、と少年のほうを見る。
そうするとさっきよりずっと輝いた瞳が俺を見て、ぱあっとまぶしいくらいの笑顔。
「ぼくのなまえ、ギンですか!」
「銀か。いいな、強そうだ」
「うん、瞬にいだけちょっと世界観が違うかな」
少年、ギンになる。