辻の機嫌を直すために俺たちが練った作戦は、お菓子を作ってサプライズでプレゼントしてあげようというものだった。
お菓子で釣るなんて子供相手みたいで恥ずかしいが、相手が辻なら仕方ない。

お菓子作りなんて人生で初めて経験する俺。
それに対して夏目は普段からよく作ると言う。言われてみればエプロン姿が頭に浮かんで、なるほどなあと一人で納得。

お菓子道具やら材料もそこそこ揃っているということで、部活終わるのを待って夏目の家で作ることになったわけなんだけど。


「どうしたの?あがっていいよ」


俺は今、絶句している。

何だこの家、いや、この城的な敷地は!?
いや、門から玄関までの距離が相当長かった時点で怪しいとは思ってたんだけど

門の前にいかつい警備員さんみたいな人たちいたし。


「ひ、広くね…?」

「そうかな…あ、これからはいつでも遊びに来てね!」


住んでもいいけど…なんて夏目が笑顔で冗談めいたことを言う。

玄関では和服を着たお手伝いさんのような人たちが出迎えてくれた。
わざわざ俺のカバンまで受け取ってくれて、スリッパなんかもすぐ出してくれた。

夏目はいつでも遊びにこいなんていうけど…なんだろう、俺ここに入り浸ったら人間ダメになりそうな気がする。

木目のきれいな長い廊下を進んでいくとようやくリビングに着いた。
天井たかっ!床ぴかぴか!
全体的に和風なのに、キッチンは最新鋭っぽい。なのに自然。これは匠の仕業に違いない。


「お菓子作りっていっても急だったから…材料は家にあるものでいい?」

「あ、ああ…俺そういうのわかんないから、簡単なことしかできないよ」

「大丈夫…あ!そうだちょっと待ってて」


夏目が何かを思い出したように、奥へ消えていった。
ポツンと一人で待つ。
外にある街灯の光が射すリビングが、広いオープンキッチンからよく見える。耳をすますと微かにクラシックの音楽みたいなのも聞こえてきて、なんだか異世界に迷い混んだみたいだ。

夏目ってこんないいとこのぼっちゃんだったんだなぁ。

小学生のときは知らなかったけど、もし…もし知っていたら、あの頃の何も知らない無知な子供のときなら俺だって、いじめっ子と同じことをしていたかもしれない。
なんてふと思って、なんだか自分が卑しく思えてしまった。

そんなことを考えていると、奥から夏目が何かを持ってパタパタと帰ってきた。
いつも以上に良い笑顔と、その手には。


「これ!料理するならエプロンかなと思って…」


本日二度目の絶句。
夏目が手にしていたのは、これでもかというほどフリルのついたピンク色のエプロン。


「ええええと…こっ、これは夏目のほうが似合うんじゃ…ていうか俺みたいなイモが着るもんじゃないって!恥ずかしい!」

「そんなことない!着て、おねがい、一生のおねがい!」

「一生?!」


こんな一生の安売り初めて見た!

夏目がどうしてもって聞かないから仕方なく、本当に仕方なくエプロンに腕をとおして。後ろはうまくできないから、夏目が丁寧にヒモを結んでくれた。
うわぁ、めっちゃフリル。
そんですごい見られてる。


「夏目〜…これ思った以上に恥ずかしいんだけど…」

「すんごく似合う!あげるよ!」


こんなの持って帰ったらいかがわしい目で見られるわ…!
結局この格好でお菓子作りをすることになり、時折リビングを通るお手伝いさんに微笑まれながらソワソワする羽目になってしまった。


その間に夏目はキッチンにある棚から調理器具を、大きな冷蔵庫からはお菓子の材料を取り出した。

料理番組とかでよく見るケーキの型やおいしそうな果物に、なんとなく見とれる。


「で、なに作れそう?」

「タルト作ろうと思う」


たっ、タルト…とかそんな上級者向けそうなもの…!
簡単に口にしちゃう夏目をよそに一人泡食っていると、夏目は大丈夫だよと笑った。


「佐倉くんは生地作ってくれる?僕は果物ひたすら切ってるよ」

「き、生地?そんなの一番大事なとこじゃん!失敗したらやばいって!」

「大丈夫、僕がいるから」


…なんか丸め込まれた感がある。

慣れた手つきで果物の皮をむき、サクサクと切っている夏目。
一通りそろえられた分量の粉や牛乳をぎこちない手つきで混ぜる俺。
だって重いんだもん、ハンドミキサー。
最初のうちだけミキサーを使い、あとは残りの分量を入れつつゴムベラでかき混ぜることに。
ふわふわと粉が舞う。おお、こんなんでも不思議とおいしそうに見えるもんだ。

辻、喜んでくれるかなー。
甘いもの好きだから、これで機嫌もよくなってくれるといいんだけど。

そういえば小学生のときはバレンタインデーなんか女の子によくお菓子もらってたけど、その子たちもこんなふうに作ってたりしたのかな、と。
切ないわ、俺の黄金時代。

そんなことを考えているとふと思い出した。


「そういえば夏目さ、俺にこの間…恩返しするって言ったじゃん」


サクサクと生地をかき混ぜながら言う。


「うん、言ったね」

「あれって、こういうこと?辻の機嫌直すの、手伝うとか」

「うーん、どうかな…けど、佐倉くんが笑顔になるようなことをたくさんしたいよ」


にっこり、夏目が笑う。

そんな月9のテンプレセリフみたいなこと。でもどんな俳優が言っているのを見るより、夏目が言うとすごく引き込まれてしまう。

本当にずるいよ、お前は。


「そっか。俺も夏目の笑ってるとこが好き…」


さりげなく言葉にして頭の中で反すうする。それからなんとなく夏目を見るときょとんとしていて。
あれ…俺なんか恥ずかしいこと言った?
いや、言った。わざわざ言わなくてもいいようなことを言ってしまった。
しかもこんな変な格好で!変態かよ!
みるみる顔が熱くなるのがわかる。


「いっ、イチゴうまそう!」

「うん、赤くておいしそう。佐倉くんみたい」


思わず目についたイチゴを指差して言うと、夏目が笑いながらそう返す。
ああ顔が赤いのもバレてる、恥ずかしい!

おどおどする俺をよそに夏目はイチゴを一つ手にとると、はい、と俺の口元へ運んだ。


「くち開けて」

「え、いいの!」


真っ赤でつやつやしたイチゴに迷わず吸い寄せられ、ヘタの部分を残すようにかぶりつく。
大きなイチゴ、これなら半分に切るくらいでちょうどいい。
なかなか夏目の指が離れず不思議に思っていると、


「ごめん、ヘタとってなかったね」

「へ」


そう言うと夏目が顔を近づけて。
大きなイチゴについたヘタを器用に取り除いてくれた。もちろんくちで。


呆然としていると、おいしい?と夏目がまた笑う。
あ、あぁ…なるほど、手がふさがっちゃうから…仕方ないよな…


「うまい…」





やっぱりずるい