小さい頃、母さんが毎晩昔話の絵本を読んでくれてた。

母さんのゆったりした口調と、ポンポンとお腹をたたくリズムが心地好くて、正直昔話の内容なんてほとんど覚えちゃいない。
けど、ひとつだけ、俺がせがんでたっていう話がある。

つるの恩返し。






出会いと別れの季節、新しい生活、桜、桜、桜。
春だ。


今年で17年目の春。

中弛みすると言われる高校二年目だって、持ち前のパッとしない地味さでとりあえず平穏無事に、ぼんやりと過ごしていくつもりだ。


いや、そのはずだった。






天使の輪がついたサラサラな黒髪。向こうまで見えるんじゃないかってほど透き通った白い肌と、女の子みたいなくりんとした瞳に長いまつげ、まっすぐ降りた鼻筋、形のいい唇。


「夏目かおるです」


彼はそう言うと、その形のいい唇から白い歯を少しのぞかせて上品にほほえんだ。


新学期お決まりの転校生紹介。
落ち着きのない教室中を一瞬にして静まらせたのは教卓の前に立つそんな、




「美少年…」




思わず口をついて出た言葉に、彼がふとこちらを向いた。

ばちっと目が合ってしまい、あまりにも端正なその顔立ちに恥ずかしくなって目をそらす。


目が合った瞬間、驚いたような顔してたのは気のせいか…



「んー、とりあえず夏目は佐倉の隣な。ていうか佐倉いたのか」


「いました残念なことに」



じゃああそこな、と担任の相沢がけだるそうに俺の隣の空席を指さすと、夏目は静かにこちらへ向かってきた。

せきを切ったように女子どもがざわめき始め、男子どもが目配せし始める。


そりゃそうだ。

ていうかあんな美少年が隣なのかよ、新学期早々すごいクジを引いてしまった。平凡ってなに?


右隣から椅子を引く音が聞こえ、ドキィッと心臓が高鳴った。



「よろしく、佐倉くん」


顔をのぞきこまれてさらにドキィッとする。ていうかいい匂いした。美少年マジック恐ろしい。


「えっ、あ、ああ…よろしく、えーっと…」

「夏目、でいいよ」

「なつめ…、くん」


よろしく、とぎこちなく返せば、夏目は端正な顔立ちをさらに際立たせるようにニコッと微笑んだ。

それに返すよう、ハハ、と苦笑い。


それにしても夏目ってどこかで聞いたような。







「ゆーうたんっ」


HR終了後、女子たちのハイエナのような視線に耐え切れず教室を飛び出し、ぼんやり廊下を歩いていたところに後ろから強烈なタックル。

よろけながらも振り返れば、もう見慣れた金髪トゲトゲ頭が。


「ゆうたんって呼ぶなっつってんだろあほっ」

「えー、可愛いからいいじゃん」

だめ?とすりよってくる金髪頭をよくない!と一喝し、抱き着く腕をふりほどいた。


ヘラヘラと笑うこの不良くずれは幼なじみの辻玄太。

小学を卒業したあたりから金以外の髪色を見たことがない。
昔は何度も理由を問いただしたりしたが、慣れってもんは怖い。



「ったく…俺はいまお前にかまってる暇はないんだよ」


「なになに?なんかあったの?」

俺がため息まじりに呟いた瞬間、辻は楽しそうに身を寄せてきた。

人の不幸をケラケラ笑う奴だ。

こいつに言ったところでなんの解決にもならないだろう。
が。



「なんかあったもなにも…」



「辻ぃぃ!!」


廊下のすみずみまで響き渡るような怒鳴り声。
振り返ると、ちょうど教室から出てきた相沢が鬼のような剣幕でこちらを見ている。

げっ、と辻がたじろいだ。


「お前その髪…黒くしろってあんなに言ったろうが!」


「ごめんゆーたん、めんどいからもう行くねっ」


「あっ、ちょ、おい…!」


嵐のように走り去って行く辻の背中を見送りつつ、はぁ、とひとつため息をついた。

そして隣にも同じくため息をついた相沢が。


「逃がしたか………お、いたのか佐倉」


「いました、申し訳ないことに」


カレンジュラのかおり