辻の機嫌が悪くなって丸3日。 今日も今日で朝から異様に避けらているし目も合わせてもらえない。 そのうち直ると思ってはいたものの、こんなに長い間放っておかれたのは初めてで少し戸惑う。 夏目も部活始めたら放課後一緒いれないし、ていうかそしたら俺、本格的にひとりぼっちで帰るようになるわけ? 「お、佐倉じゃん!」 途方にくれそうになっていたそのとき、後ろから聞き覚えのある声が。 振り返ると見上げるほどの高身長と、筋肉質な体、そして爽やかな黒髪短髪頭。 「仁先輩」 久しぶりにその名前を呼んだ気がする。 先輩は陸上部の部長で、主に中距離や短距離を得意としてた。 陸上に対しては熱血だし厳しいし、だけど愛嬌があるから誰からも慕われているような部長。 「よ。怪我の具合どうだ?」 ワシャワシャと大きな手で頭を撫でられる。 相変わらず力がお強い…。 「あー…まぁ、ぼちぼち…です」 「なんだそれ。ちょっとは顔出せよ、部活」 「や、もう俺やめたんで…」 …なんか今の嫌み臭かったかな。 ちょっと気にしながら先輩をみると、いつもの爽やかな笑顔のまんまだ。 「知ってるしそんなん関係ないって、俺らの引退試合でも見にこい。先輩からの命令な」 グシャグシャとさらに頭を撫でられ頭が揺れる。 正直説教のひとつやふたつされるもんだと思っていたからホッとした。 だけどなんとなく笑顔の裏に淋しそうな雰囲気を感じて、心配させてしまったかなとも思えた。 ひとしきり撫でると満足したのか、先輩はじゃあな!と一言いうと颯爽に廊下を駆けていった。 いつもながら嵐のように去っていくなぁ、なんて思いながら見送る。 引退試合とか、もうそんな時期なのか。 てことは、もう先輩は引退して、俺らの世代が主役になる時期だよな。 なんとも言えない複雑な気持ちだ。 この気持ちを持って帰るのはやっぱり嫌だし、何なら夏目の部活してる姿でも見てやるかと思い、ふらりと道場に立ち寄ってみることにした。 道場というよりは離れになっていて、そこで部活しているんだと夏目がいっていた。 陸上部のときチラッと見たことがあったけど、正直こんなとこで練習してるなんて思ってなかった。 まわりに雑草生えまくりだし外装もボロボロで、なんだか廃墟って感じ。 それにしてもやけに静かだ。 本当にやってるのか、と思った瞬間、パーンと勢いのいい音がきこえた。 ひょっこり、開いている窓から覗き込む。 弓を引いているのは知らないひとばかりだし、後ろにも夏目の姿はない。 なんだ、もしかして休憩にでもいってるのか? キョロキョロ探していると、道場の隅で弓と格闘している見慣れた背中を見つけた。 弓道着もやっぱりサマになってるなー、って後ろ姿だけで十分かっこいいってお前それなんなんだよ。 何やら上級生から教わっている模様。 あれか、弓を引くにも型をきちんと覚えなきゃいけないんだな。 あ、こっち向いた。 俺には気づいてないようで、上級生からのアドバイスを真面目に聞いている。 それから夏目はピンと背筋を伸ばし、弓を構えた。 いつもの優しそうなあいつとは違う、一生懸命で、真剣な眼差し。 「…。」 別にからかいに来た訳じゃないし、かといって応援するつもりもなく、なんとなーく立ち寄っただけなのになんだろうこの感じ、なんかソワソワする。 あ…あれだ、俺の本能が夏目の邪魔をしちゃいけないっていってる気がする。うん。 早々に帰ろうとした途端に休憩の合図が出たのか、夏目とばっちり目があった。 うっ、と思う間もなく、袴の裾を揺らしながらパタパタとまっすぐこちらへ向かってきた。 「佐倉くん!みにきてくれたの?」 「え…あ、うん。てか袴、めっちゃ似合うな」 「ほんと?嬉しい!でもまだ袴の裾ふんだりして慣れないんだ」 そう言って夏目は袴の裾を揺らして見せた。 女の子みたいなんだよなぁ、本当に。 と、俺のまわりを見渡して、夏目が困ったような表情をする。 「辻くん、まだご機嫌ナナメ?」 俺が1人なことに気づいて察したらしい。事実なので力なく頷いた。 いい加減直してくれないと、困るんだけどね。そうため息をついていると、ひょこっと夏目の整った顔があらわれる。 その顔はどこか心配したような顔で、なんとなく、仁先輩を思い出してしまった。 「佐倉くん、なんか淋しそうだね」 「え」 そんなことは、と言いながらもなんとなく目を反らしてしまった。 だってほら、そんな覗き込まれるとかいうイケメンにしか伝承されてないテクニックを披露されちゃったら、もうほんと、女子の視線とか痛いし。 そんな俺に気づかず、夏目は顎に手を当ててうーんと何やら考え事をしている。 「辻くんの好きなものあげて喜ばせたら、機嫌直るかな?」 「そんな、ガキじゃあるまいし…」 と言いつつ、前もくだらないことであいつが不機嫌になったときアイス奢ってやったらすぐ直ったことを思い出した。 「…あいつ食うの好きだから、なんか飯、奢ったら喜ぶかも」 「ごはん?奢るのなんて、僕できないや」 「俺も」 またまた夏目がうーんと考え込んだ。 休憩終わっちゃうよ、どうでもいい辻の機嫌取りの話で終わっちゃうよ! もういいから、と言おうとした瞬間、夏目が目を輝かせて俺の肩を掴んだ。 「じゃあ作りにいこう!」 夏目の大作戦 |