∵猫を飼う。04
瞬にいがご飯を作る音と、開けっ放しだったカーテンから入り込んでくる陽射し、すぐそばの公園から聞こえてくる犬の鳴き声で自然と目が覚める。
たるんだ体内時計を無理矢理リセットされる気分だ。
なんて健康的な朝、そう、いつも通りの朝。
隣で眠る猫耳の少年を除いては。
昨日大泣きしたようには思えないきれいな顔で、すやすやと寝息をたてる少年。
夢じゃないんだなぁ、なんていまさら思う。
ふわふわの銀髪が、寝癖で少し跳ねていてちょっと笑う。そしてやはり、見慣れない猫耳。
寝起きのぼんやりした頭で、なんとなく猫耳に触れてみた。
「…んぅー…」
…………
なんだろう、合法的なはずなのに、俺の中の犯罪指数がすごい勢いで増加してしまっている気がする…
朝からがっくり頭を落とした。
「瞬にいオハヨー」
「おう。」
少年を起こさないようリビングにいくと、散らかった机に朝ごはんが用意されていた。
瞬にいはいつもの席に座って味噌汁をすすっている。
納豆に、簡単な味噌汁に、作りおきのおかず。男の朝飯なんてこんなもの。
居候させてもらった最初の頃は、バイトもしてなかったし俺が毎日作ってたんだけど。最近は交代交代でつくっている。
瞬にいの向かいに座り、ふと見ると。
「あれ…これ」
俺の席の隣に、小さな茶碗とお箸が一膳。
瞬にいはこちらを見ることもせず、もくもくとご飯を食べている。
「猫飯はわからん」
や、やはり昨晩の会話は丸聞こえだったか…!
気まずいけど、知らんぷりするつもりはないらしい瞬にいの様子に少し安心した。
いただきまーす、と一声かけ、納豆をネチャネチャ混ぜる。
なんだろう、いつも通りの朝だし、いつも通りの光景だし、なんにも変なことはないんだけどこの違和感…
「あ、あのさ瞬にい!」
沈黙を打ち消すように、半ば無理矢理話しかける。いつもなら話すことなんて別にないのに、不自然すぎる!しくじった。
なんだよ、という目をして瞬にいがこっちを見るから話さないわけにはいかなくて。
「えっと…あ、昨日、俺、一晩中あいつのこと抱っこして寝てて思ったんだけどさ」
「抱っこ…?抱いたの間違えじゃねぇだろうな」
「違います。で、思ったんだけど、なんか可愛いなあって…あ、その目やめて、まだ続きあるから!」
またもや肉親を見る目ではない目をされて焦る。
「俺があんくらいのときも泣いたりわめいたり、いきなり機嫌よくなったり…あんな感じで、弟としては迷惑かけたのかなあって、なんか瞬にいの気持ちがちょっとわかったっつーか…」
へへ、と誤魔化すように笑う。
でも昨日そう思ったのは事実で、俺は弟なんていないから、瞬にいの気持ちが改めてわかったというか。
瞬にいはもぐもぐ口を動かしたままだ。
……聞いてんのか?まぁいいけどさ…
「俺としては、お前のほうが断然可愛いよ。今も昔も」
えっ
と、耳を疑って瞬にいのほうを見れば、なに食わぬ顔をして味噌汁をすすっている。
いま、俺の聞き間違えでなければ、瞬にい俺のこと可愛いとか言った?
17年間そんなん一度も言われたことない、むしろ親にも言われたことない。
「瞬にいそれどういう…」
「おはようございますごしゅじんさま!!」
耳元で大声を出され、キーンと耳鳴りがする。
見れば寝起きの少年が、寝癖を豪快につけて横に立っていた。
昨日までのグズりようが嘘のようにニコニコしていて、なんだか拍子抜けだ。
「と、おにいさま!」
飲みかけていた味噌汁を吹き出しそうになる。
おにいさま?!こいつの中で瞬にいはそういう位置付けに収まったんか?!
ま、まぁ仮にもご主人様である俺の兄貴だからっていうことだろうけども…
おそるおそる瞬にいのほうを見ると、
「座れ、味噌汁冷めんぞ」
まんざらでもないような…!!
なんなんだろうこの二人、順応性高すぎるよ…
ガクブルしていると、少年が隣にちょこんと座る。
そして、茶碗に入った白いご飯と、横にある味噌汁をみて首をかしげ、俺のほうをみる。
「これは…」
「?食わねぇの?」
「たべもの…なのですか?」
リビングが凍りつく。
俺はそっと茶碗を置くと、依然きょとんとした顔をしている少年の茶碗を手に取る。
「えっと、普通にこれ、ごはんな。それと、そっちは味噌汁。あと、納豆な。これ全部、食べ物だろ?」
「これは…かちくのエサでは…」
「えーっと!!!ちょーっとここでその話はまずいかなぁあ?!」
なんたって作った本人が人ではない形相をしているからね!!
「ごしゅじんさま、危険です!こんなものをたべてしまわれては、おなかを…」
「うるせぇええブルジョワ乞食が!!朝は納豆!味噌汁!これが家の基本!!」
「瞬にいだめ!その造語はなんとなくヤバイから!!そんで血圧上がっちゃうから!」
今にも殴りかかりそうな瞬にいを必死で押さえ込む。
それにしても瞬にいの作った飯を家畜のエサとか言っちゃう鋼の心!!
おそろしいこっちゃで…!
ようやく少し落ち着いた瞬にいの様子をみて、まずは少年に箸を持たせる。
箸だと難しいのか、仕方ないので俺の納豆ご飯をそのままアーンして食べさせる。
少年はぎゅうっと固く目を閉じて食べたが、もぐもぐと口を動かし、小さな眉間にしわをよせて首をひねったあと、パアッと目を輝かせた。
「おいしい!!」
とりあえずその言葉に安堵する。
よほど気に入ったのか、いったん食べてしまえば次々に納豆ご飯をせがんで。
あっというまに俺のぶんはなくなり、新しい納豆のパックをあければ、自分でぎこちなく箸を持ち、ハグハグと食べ始めた。
なんだか本当に弟ができたみたいで、さっきまでの修羅場がうそみたいに場が和む。
「ごしゅじんさま、おにいさま、おいしいです!とくにこの、ねばねばした…ちゃいろい…」
「はは、納豆だ。うまいか?うまいだろ。鉄格子付きの病院にいきゃもっとうめぇ既製品が食えるからそのうち連れてってやる」
な!と、瞬にいがもうこれ以上ないってくらいの良い笑顔で箸を握りしめている。
やっぱりまだ修羅場のようだ。
少年にとっちゃ悪意はないんだよなぁきっと…
朝ごはんを終え、瞬にいが外出の支度をし始める。土曜日だけど、部活の顧問をしているから今日もいつものように真っ赤なジャージ。
俺はバイトもなく1日フリーだから、ゴロゴロするつもりでとりあえず少年の歯磨きを手伝っていた。
歯みがき粉がからいのか、ぷるぷる震えながら半泣き状態。
俺たちの様子を横目でみて、瞬にいが呟く。
「それにしても汚いな」
「えっ、さっきは可愛いとか言っといて次は罵倒?」
「うるせぇ!ガキのことだよ。同じ服ずっと着せる気か?こいつは漫画の主人公かなんかか?買ってこい、もちろんお前のバイト代で買ってこい」
風当たり強すぎる。泣きたい。
確かに室内ならともかく外で、それも冬に着るには寒すぎる格好だし、昨日道端で寝てたせいか所々泥がついてしまっている。
さいわい土曜日で学校もないし、買いにいくにはちょうどいいのか…
俺のバイト代…うう。
「とにかく夜まで俺はいないからな。また変なの拾ってくんなよ。今度は犬とかな」
「フラグ立てないでくれる?!もうはやく行きなよ!」
回収する気もないんだから…!
仕方なく俺も支度をし、少年には俺のダウンのベストを着せて、寒さ対策と猫耳隠蔽のためにニットの帽子をかぶせる。
うーん、なんて劣悪なファッション。
そう考えると世の中のママたちはすげぇな…なんてしみじみ思っていると、少年が目をキラキラさせながらこっちを見ている。
「ごしゅじんさまとお出かけですね!」
…うん、なんかもうこいつが楽しいならなんでもいいな。