∵猫を飼う02



「お前の知っているとりあえずっつー言葉は、俺の知ってるとりあえずじゃねぇことはよくわかった」

「瞬にい…ごめんって」


あのあと少年をつれてコソコソと家へ帰ると、そこには俺が一番恐れる人間がいて。

そしてその人物の前で、俺と少年は今正座をさせられている。

瞬にい…俺の兄貴だ。そもそも俺は家出中の高校生で、俺より7つ年の離れた瞬にいが一人暮らししてる家に転がり込み、居候させてもらっている身なのだ。


瞬にいは昔相当な悪さをして、至るところで暴君として名を馳せていた。何かトラブルがあっても瞬にいの名を出せば解決するほどだ。よって、今俺が不良界でそこそこ有名なのはそのおかげもある。
今は高校の体育教師になり見事更正に成功したものの、白黒はっきりさせたい性分と、この喧嘩腰はなかなか直らない。

おかげで俺はいつまでたっても瞬にいに頭が上がらないし、居候させてもらってるといってもほとんどパシりに使われたりそれはもう下僕のようなぞんざいな扱いをされているわけで。

そうこう考えていると、瞬にいが大きなため息をつく。
目の前の少年は、依然にこにこしている。


「忠太。お前な、これちょっと間違えたら人さらいだぞ。わかるか?」

「や、やめてよ瞬にいそんな物騒な…」


ははっと空笑いすると、途端に拳がとんでくる。
さすが元暴君。いやもうこれ現役ですよ。部屋の隅まで見事にぶっとばされた。


「ごしゅじんさま!!」


パタパタと少年が駆け寄ってきて、だいじょうぶですか、と心配そうに俺を介抱する。
軽く咳き込みつつ、背中をさすられて少し申し訳なくなる。
日常茶飯事のこととはいえ、こんなとこ見せるなんて、と。


「や、いつものことだからだいじょう…」

「ごしゅじんさま…だぁ?」


あ、まずい。大丈夫じゃないっぽい。


ぴくぴくと瞬にいの額に青筋が浮き始めているのがわかる。


「…忠太お前…最近バイト代入れねえで何してるかと思ったら…よりによって…」

「すごい誤解が生まれてるようだけど違うから!買ってないから!!」


詰め寄ってくる瞬にいを避けながら必死に弁解。少年は俺を支えながら怪訝そうに瞬にいをみている。
なんかちょっと…やばいのか?この感じ、修羅場ってやつなのか?

込み上げる怒りを抑えるように深いため息をつく瞬にい。
と、しゃがみこんで少年と対峙する形になった。
少年はびくっと俺に身を寄せる。


「そもそもお前はなんなんだ、どっからわいてきた」

「…ごしゅじんさまが見つけてくださるまでは、ようせいの国にいました」

「……。とりあえず名前を名乗れ、名前を」

「ごしゅじんさまがつけてくださるまで、名前はありません!」

「電波もたいがいにしねぇと病院にぶちこむぞテメェ…」


やばい。瞬にいの顔がレベル50くらいの般若に…

殴られた口元の痺れも忘れて二人の顔を交互にみる。しかしこの少年…妖精の国とか、俺のこと完璧にご主人様とか言っちゃってる当たり、一時的に頭がおかしくなっていたわけではないらしい…のか?

あれこれ考えていると、瞬にいが突然少年のフードに手を掛ける。

や ば い !!!


「ちょおおおっと待ったぁああ!!」

「うお!あぶねぇな何すんだ忠太!」


ガバッと瞬にいを押さえ込む。
今それを取られては困る。せっかく猫耳のことは隠し通そうと(若干無理やりではあるけど)着せたダウンのフードで今の今までやり過ごせていたのに!

頭の固い瞬にいがこの現実を受け止められるはずがない。
俺も受け止めてないけどとにかく見つかったらやばい!!確実に何らかの、いや、変態という名の烙印を押されてしまう!


「だいたいテメェ人様と話すときにフードってなんなんだ!殺しか?!人でも殺したんかお前は!!それともどっかの機密諜報機関かお前は?!」

「おおおお落ち着いて瞬にい、混乱しすぎて意味わかんないこと言ってるから!そんでちょっと待っ…!!」


血がのぼり切った瞬にいを止められるはずもなく、俺は吹っ飛ばされ、一瞬のうちに少年のフードが剥がされた。
そしてお目見えする、ぴょこんと生えたふたつの猫耳。

長い長い、沈黙が続く。




「お前…」

「その目やめてくんない?!俺なんもしてないから!これに関しては俺ホントなんっも分かんないから!」


瞬にいがもはや肉親を見る目ではない目で俺を見ている。

ああ…





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