誘惑と大嫌い。
遊び人×真面目
/学生・ねちっこい


「次の選抜だけど、リレーは2年中心で特に東に頑張ってもらうから、他は必死についていけよ」


まただ。
俺は顧問の言葉に唇を噛み締めた。
東。前回、前々回の大きな大会、短距離も長距離もあいつにとられて、今度の大会じゃいよいよ俺の活躍してたリレーまで奪われた。

ありがとうございました!という威勢のいい挨拶とともに部活が終わり、がっくり肩を落としながら歩く。


「リレーってキャプテンも出るよな?」

「お前声でけーよ、出るに決まってんだろ。てか東先輩、最近部活に顔出してないのに選抜とかどんだけ」

「こないだめっちゃ美人と歩いてたの見た、ふつーに俺ら外周してるときだけど」


後輩たちの話が嫌でも耳に入ってくる。
あいつはいつもそうだ。
部活には気分がいいときしか来ないのにいいとこだけとってって、ルックスもわりといいから調子にのって女もとっかえひっかえ。
何より許せないのは俺がそんなやつに一度も勝てていないことだ。あいつがいるといつも2位。試験期間中だって関係なく毎日何キロも走り込んでる俺が馬鹿みたいだ。


「弥生」


悶々と考えていると顧問がいきなり声をかけてきて、今度の大会の詳細が書かれたプリントを差し出してきた。


「はい、え…あの、自分はさっきもらいましたけど」


「お前のぶんじゃねぇ、東のだ。あいつ今日来てないからな、タイム負けてても一応キャプテンだろお前。これあいつに渡しとけ」


ついでに選抜のこともしっかり伝えとけよ、と言われてビラを胸に押し付けられる。

くそ、またかよ。何がキャプテンだよ勢いで適当に決めた名前だけのキャプテンだろうが、つーかなんであんなデブが顧問なんだよ全然説得力ねぇんだよちくしょう!


「…くそ、だめだ。走ろう」


考えれば考えるほどイライラする。イライラすると冷静になれない。
こんな日は徹底的に走り込んで、何もかも忘れるに限る。
はぁ、と深いため息をついて、ゆっくり走り出した。



*


どれくらい走っていただろう。グラウンドにはもう俺一人だけになっていて、白いライトが暗くなった地面を弱々しく照らしていた。

時計を見ればもう8時前。そりゃこんなに暗いわけだ。
大会も近いし、本当はもっと走り込みたいところだったが、警備員がくるとやっかいなので部室に戻ることにした。



ていうか俺なんで走ってたんだっけ、なんか、なんとなく忘れた。







「…東」

忘れかけていた悩みの種が、部室の扉を開けた瞬間に無理矢理引っ張り出される。
遠くからでもすぐわかる明るい髪色と、部室に漂う女が好きそうな甘い香り。
ベンチに座りながら携帯をいじっていた東が、俺に涼しげな目線を送る。


「久しぶりー弥生ちゃん、遅かったね、調子どーお?」


相変わらず燗にさわる声。無視して自分のロッカーをあけ、替えのタオルで汗ばんだ身体を拭く。
無視?という不満げな声が後ろから聞こえたが、当然その通りなのでスルー。早く帰ろう。

何やら色々言葉を投げかけられていたがとりあえず着替えようとジャージを脱いで、ポケットから紙切れが落ちた。
選抜。東。


『しっかり伝えておけよ』


デブの声が脳内再生される。
くそ、思いっきり思い出した。はぁ、とため息をついて後ろを振り返り、東に紙を投げ渡す。

なに?という言葉。直接顔を見て説明するのが切なくて、すぐにロッカーのほうへ体を向き直した。



「…お前、今度の大会のリレー、選抜だからな」

「あーそうなんだ。なんの大会?新人戦…じゃねーか。地区だっけ?」


「…県大会だろ…」


こいつ、そんなことも忘れてんのか。一人一人の選手が必死にタイム出した大会の名前すら把握してないのか。

だめだ、イライラしたらだめだ。
ていうかこいつの一言一言が燗に触ってだめだ。早く帰ろう。


「てかリレーって弥生ちゃんじゃなかったっけ、選抜されてたの」


痛いところを突かれて、肩がビクリとする。



「…大会名もわかんないのに、他の奴の種目はわかんのかよ。いやみくさいな」


「や、他は知らないけどさ。俺についてこれるの弥生ちゃんくらいじゃん。まぁでも落とされちゃったんだ?」


「っ!!」



東の馬鹿にするような笑い声が聞こえて、頭に血がのぼる。が、とっさに息を吐いて怒りを押さえ込む。
ここで負けたらこいつに人間的なもんまで奪われる気がする。



「あの顧問、タイムしか見ないし仕方ないか。でも弥生ちゃん毎日走ってんでしょ?いたたまれないね、ごめんねー」


「…顧問は関係ないし、タイムが、出ないのもお前には関係ない、じゃあな」


怒りを抑え、着替えも早々にさっさと帰ろうとした瞬間、扉の前に東が立ちふさがった。
東の悪巧みをしているときの顔はだいたいわかる。嫌味なほどに、いい笑顔。


「弥生ちゃんにリレーの選抜、あげるよ」


「え…」


予想外の言葉にひどく動揺する。
当たり前だ。高校生活も残りわずかで今が一番部活を頑張って走り込んでいる時期。大会に向けて誰より熱意がある自信はある。
そんな俺に、そんな言葉で、


「ただし、条件」


東の声で現実に引き戻される。
ハッとして前を見れば、考えるような仕草で俺の身体をすみずみまで見ている東と目があった。
にんまりとして、どこか気味が悪い。


「なん、だよ」


「弥生ちゃん、童貞でしょ」


「っはぁ?!」


急に意味のわからないことを言われてまたもや動揺する。というか、言葉の意味がわかるまで少しかかったけど、わかったらわかったで反論できない自分がいてもっと動揺する。
今まで陸上に夢中で愛だの恋だの、そんなのはどっかに置き忘れてきた。今さらそんなこと…


「取引しようよ。」


ずいっと東の顔が近付いて、反射的に身構える。なんの取り引きだ、なにが始まるんだ、そう頭では考えるのに、近くで見る東の整った顔がすみずみまで見えて目をそらした。


「俺にイかされなかったらリレーの選抜あげる。ただし俺にイかされたら弥生ちゃんは俺の言うこと絶対に聞かなきゃダメ」


どう?と東がニヤリと口の端を上げる。

イくとかイかせられないとか、そんな言葉がきれいな唇から淡々と出ることに驚いたが、俺の頭の中は選抜のことでいっぱいいっぱいで、深く考える暇もなかった。

甘い誘惑に誘われるようにして、俺は無言で首を縦にふった。







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