幸太くんの不幸(続)
不良×腐男子/拘束・大スカ
あの悲劇から一週間。
数日くらいは渾身の演技…いわゆる仮病という特技で休むことができたものの、それでもさすがに三日間がギリギリだった。
というか、中学もほとんど不登校ぎみだったし、親の心配そうな顔に耐えかねて登校せずにはいられなかったのだ。
しかし、相当なストレスの中登校したにもかかわらず、不良たちは意外にもあっけらかんとしていて、まるで何事もなかったかのようにいつも通り騒いでいた。
なにより気が重かったのは八木くんと会うことだったが、そもそもクラスが違うし、八木くんが学校に来ることも珍しいせいか、なんとか会わずに済んでいた。
しかし、やはり胃がキリキリしてしまう。
普段通りの教室、まわりの騒がしい声、いつもなら平気なはずなのに、やっぱり心が苦しくて。
今日もまた胃がキリキリし始めたと思ったら、ぎゅるぎゅるお腹がなり始めた。
うう、これはやばいやつだ。
さいわい今は昼休み、みんな僕には注目していないし、次の時間もおじいちゃん先生の授業だからまともに出席なんかとらないはず。
僕は静かに教室を抜け出すと、きゅるりと鳴り続けるお腹をさすりながら購買のほうへと向かった。
*
「整腸剤、整腸剤…」
薬よりもトイレにいけばいい話だが、一応昼休みでトイレだって混んでいる。
そんな中個室に入ってクスクス笑われながらするよりは、授業が始まって誰もいない時間にいく方が無難だと判断した。
それまでは整腸剤で我慢しようと思い購買にきたものの、さすがにそんなものは売っていないようだ。
なぜ保健室に行かないかといえば、あそこも不良の溜まり場で、可愛い養護教諭の先生が昼休みに茶々を入れられているからだ。
まったくもって迷惑きわまりない…
あきらめて出ようとした瞬間、あるものが目に入る。
「っ!」
ハンドクリーム。
ドクンと心臓が鷲掴みされたような気分になる。
しかもあの銘柄…大瀧くん、ここで買ってたのかな。
そんなことはどうでもいい、せっかくお腹の痛みもおさまってきたのに、ハンドクリームを見たせいでいっきによからぬ記憶がよみがえってきてまたお腹がグルグル鳴り出してしまった。
はやく、なんでもいいからトイレに行こう。
気持ちとはうらはらに踏み出そうとする足は動かず、僕はうつむいた。
…大瀧くん、バンテージで荒れるのに、ちゃんと八木くんに買ってもらえたんだろうか。
きゅうきゅうと鳴り出したお腹をおさえながら、立ち止まってハンドクリームを見つめた。
*
授業開始の鐘が鳴り、ようやくトイレに行けるようになった。
その前にこっそり保健室に向かい、解放されてヘトヘトな先生に整腸剤をもらって、僕はそそくさと人気のない階のトイレへと向かった。
移動教室で使うばかりの教室が集まるその階は、ちょうどどの学年も使っていないようでシンと静まり返っていた。
あの昼休みの賑やかさが嘘みたいだ。
薄気味悪さもあいまって、早足でトイレへと向かう。
階の隅っこに、男子トイレのマーク。
この時間はずっとあそこにいよう、そう思いながら近づくと、
「?!」
男子トイレのマーク、のはずなのに、女の子がそこから出てきた。
その子は僕の存在に気がついて顔を赤らめると、口もとをぬぐって足早に僕の横を通りすぎていった。
あの子知ってる、確か学年でも人気のある可愛い子だ。
そんな子がなんで男子トイレなんかに…
不思議に思いながら整腸剤を握りしめトイレへ入ると、
「っ!!」
見覚えのある黒髪の短髪に、細く切れ長な鋭い目、すらっと伸びた手足と白い肌。
「お、大瀧、くん…」
ずり、と後退りするも、ひざが震えて動けない。
手に持った整腸剤を落としそうになって慌てて力を入れ直す。
大瀧くんは奥の出窓に寄りかかったまま、ぼんやり横目で僕を見ていた。まるで僕のことなんか知らないって、なんにも覚えてないみたいに。
でもそのほうがよかった。変に言われたり、蔑まれるよりは。
しばらく沈黙が続いて、僕ははっと思い出してポケットを探った。
「お、大瀧くん、あの、これ…」
「…」
差し出したのは、あのハンドクリーム。
さっき、購買を出ようとしたときになんとなく買ってしまった。後ろめたい気持ちと罪悪感でたまらなかったのだ。
大瀧くんは遠目から目を細めて僕の手の中にあるハンドクリームを見た。
また沈黙になる。
「えっと、その、バンテージ、つけて荒れたら、ぼ、僕のせいだし、…ごめんなさい…」
しどろもどろに言ったところで、まだ大瀧くんは何も言わない。
もしかして無視されてる?男に抱かれたホモ野郎となんか話したくないとか?
そうなのかも。
のどが熱くなって、じわりと目の前が涙でかすむ。
差し出した手をどうにもできなくて、悲しくて思わずうつむいた。
「わざわざ買ったの」
頭の上から声がして、思わず飛び跳ねた。
いつの間にか大瀧くんが目の前にいて、ハンドクリームは彼の手にわたっていた。
「だって、ぶ、部活、毎日あるだろうし…僕のせいで、」
「お前のせいじゃねぇだろ。八木が勝手にやったことだし」
「…っ」
八木、という言葉に肩がびくつく。
彼の声や、言葉遣い、仕草や乱暴な行為ひとつひとつを思い出しそうになって目を強くつむった。
「…もらっとく。さんきゅ」
はっとしてみると、大瀧くんが無表情のまま、ハンドクリームをポケットの中にしまいこんだ。
別に彼が笑ったわけでもないのに、こんな僕にでも変わらず接してくれることが純粋に嬉しくて、自然と涙が出そうになった。
「お前、腹壊してんの」
「え…」
「それ。」
大瀧くんが指差した先には、僕が手にしている整腸剤。
お腹の痛いことなんてすっかり忘れていた。
「ちょ、ちょっとさっきまで痛くて…お、大瀧くんこそ、こんなところで何してたの?」
「それ、本気で聞いてんの」
急に大瀧くんの声が低くなったかと思えば、鈍い音とともに後ろのドアへと体を叩きつけられた。
あまりの衝撃と突然のことに驚いて大瀧くんを見上げた瞬間、両足を膝で割り開かれ、そのまま股間を押し潰された。
「っ、あ…ッ!?」
「こういうこと」
そう言って大瀧くんはさらに膝を深くまで押し込んで股間を刺激してきた。
「や…っ、やだ、やだ、大瀧くんッ」
「ちゃんと言った方がわかりやすいか。セックス」
「っ!!」
あまりに直接的な言葉を耳元で言われて、顔がみるみる赤くなるのがわかった。
「も、わかったから…ッごめんなさ…、ひぁうッ」
ねっとりと首筋を舐められて変な声が出た。舌の感覚が、一週間前のあの出来事を甦らせる。
腕を動かそうとするも、大瀧くんの力でびくともしない。
いやだ、こんなのいやだ…!
「男とのセックスとかなんとも思ってなかったけど」
シュル、とネクタイをとられて、後ろ手に両手首を結ばれる。
その間にも首筋や耳を舐められて自然と体が強張った。
「あんたすげぇよさそうにしてたじゃん」
「!!し、てない…ッ!」
「嘘」
グイッと顎を持ち上げられて、切れ目の冷たい目で見つめられる。表情のない瞳がからだの奥まで見透かしているようで、恐怖で足が震え。
「試させてよ。ハンドクリーム、ちょうどあるし」
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