「辻!辻ってば。つじくーん。」


チクチク頭の金髪をプイッとさせて、辻は俺を完璧無視ときめ込んでやがる。朝からこの調子だ。
いつもならシッポ振ってんじゃないかってくらい玄関の前で元気に待ってんのに。
わざわざ辻のクラスに出向いてやってんのにそれでも姿見せなかったし、それどころかやっと見つけたのにオハヨーの一言もなし。


「なぁなんか怒ってんの?なんか知らないけどごめんね。」


とりあえず謝っとく。
あ、こっち向いた。


「反抗期!!」


「はぁ?」


それだけ言い残して辻はまたプイッとそっぽを向いた。
もうよくわからん。



「なんなんだよ…」


まったく、とため息をついて自分のクラスに戻る。と同時にホームルームの始まる三分前、普段はスクールカバンの夏目が、大きめのエナメルを手にして慌てて席についた。
よほど急いだのか、いつも優雅な夏目が息を切らしている。


「ど、どーした、寝坊?」


「ううん、朝練!」



遅刻しそうになってもなおいつも通り爽やかな笑顔で夏目はそう返す。
朝練?そう言い返しながら見れば、うっすら髪の毛が濡れていて汗なんかかいちゃってるようだし、それはそれで水も滴るなんとやらって感じだけど、くわえて制汗スプレーみたいな石鹸の香りも漂っている。

それにしても朝練なんてなんの…不思議そうにしていたのがわかったのか、夏目はにっこり笑った。

「弓道部の!」

「えっ、弓道部って…なんでまた急に」

あ。



『夏目は弓道とか似合いそうだよな!』



あれか。
まさか鵜呑みにするとは、いや本気で言ったことだったけどあのときはなんていうか話題変えたいからっつー勢いもあったし、ていうか俺が言っただけで入部しちゃうの?
そんなんでいいのかお前の青春?!



「優雅っていってたけど、意外に体育会系なんだよね。今日も朝から10キロくらい走らされちゃった」

「10キロ?!」


陸上部のノリじゃねぇか!

さすがにきついねーと言いながらふぅっと息をはいて、エナメルから出したタオルで汗をぬぐう。女子の視聴率半端ねぇ!
そうか、こいつ空手やってたから、こんなでも一応体力はあるんだよな…まじまじと見ていると、どうしたの?と心配そうに首をかしげられた。



「や、なんでも!てか、なんかごめん、そんな体育会系だとは思ってなくて…」


「ううん、いいの!運動好きだし。今年の三年生の先輩が例年以上に厳しいらしくてね、特に部長が張り切ってて…」



「そこ、夏目と佐倉うるせぇぞー。ホームルーム始まってんだから」



はっとして前を見ると、相沢が出席簿片手に教卓の前に立っていた。
夏目があんまりにも楽しそうに、いや嬉しそうに話すから、チャイムなんて全然聞こえなかった。
すいませーんと軽く謝って、こっそり夏目のほうを見れば、口パクで「またあとで話すね」。
相当楽しいんだろうな、と思いつつ笑顔でうなずく。そのうらでなんとなく、一年の頃の俺を思い出していた。



*


昼休みになっても辻はあいかわらず機嫌が悪くて、一緒に学食へ行こうとしても無視され、しまいにはひとりでどこかへ行ってしまった。
まぁあいつのことだからそのうち直るだろう…


「佐倉くん!お弁当、食べよっ」


「ん、おー。」


最近は毎日のように夏目と一緒に昼飯を食べているが、夏目がお手製の弁当を作っているのを見たらなんとなく自分のコンビニ弁当が恥ずかしくて、不恰好ながらおにぎりを作ってくるようになった。
それをみて夏目もコメントをくれるから、なんだか新鮮で楽しい。

他愛もない話をしている途中、ふと夏目の箸が止まる。
ん?と思って見ると、悲しそうに目を伏せている。


「どした、腹でも壊した?」

「…部活のこと、なんか、ごめんね」

「え」


急な謝罪に、おにぎりを口に運んでいた手が止まる。


「思い出させちゃったかなって、その、佐倉くんの陸上部だったときのこと」


思わずギクッとする。
だから心配そうな目してたのか。

確かに少しは思い出した。いや、正直すごい思い出した。でもそれは一年の頃のことだし、陸上やめたのだって夏目とは一切関係ない。



「別に気にしてない、っていうかほら、俺の思い出とお前の今は別物じゃん。考えすぎないで、部活楽しめよ」


「…ありがとう」


ほっとしたのか、やっと夏目らしい笑顔になった。俺もなんだか安心した。

ていうか俺、すぐ顔に出るんだな…気をつけよう…。



「あと、辻くんのこと」


「え、辻?」


「うん、いつも一緒に食べるのに今日はいないから…僕なにかしたかなって」

夏目が不安そうにまた目を伏せる。悲しそうな顔も映えますねなんて思いながらモシャモシャおにぎりを頬張る。
辻のことは俺もわかんないしなぁ。


「んーまぁ大丈夫大丈夫。時々あるんだわ、反抗期とか言ってたけどどうせすぐ戻ってくるから」


「反抗期?」


クスッと夏目が笑う。なんだか可愛いね、辻くんらしい、なんて言いながら。









「で、なんで俺がお前と飯を食わなきゃならねぇの」


「うっ…それは…」



ひとりぼっちが嫌だからなんて相沢の前で言えるわけねぇ…







ちょっとさびしい昼休み