幸太くんの不幸07
幸太くんの償い
/騎乗位・甘い
「大瀧先輩、最近様子変なんすよねぇ」
いつもの放課後、結城くんがアイスバーを咥えながら言う。
何気ないその言葉にギクリとした。
なぜならその件に関して、僕には大いに思い当たる節があるからだ。
「ど、どう変なの?」
ちょっとした好奇心、でもないけれど、一応聞いてみる。結城くんは僕からの質問に「えっ興味あるんすか?!」と食い気味に答えた。
「今月末にでっかい試合があって、まぁ減量しないといけないらしいんすけど…なんかカリカリしてるっていうか…でも別の理由っぽいっつーか…」
結城くんは勘が鋭い。というより、直感とかで生きているからか、そういうことには鼻がきくのかもしれない。
僕はそっか、とだけ返事をする。
横から結城くんの声がキンキンと響いていたけれど、僕は数日前の出来事を思い出していた。
その日は雨の日で、僕は体育の先生から押し付けられた体育倉庫の掃除をしていた。
体育館から校舎に戻るまでは屋根のない中道を通らなくてはいけなくて、濡れるのは嫌、という理由だけでもう一時間ほど夢中で掃除をしていた。
微かに感じていた尿意を抑えながら最後のマットを適当なスペースに押し込んでいた時だった。
「掃除か」
聞き覚えのある声にびくっとしたあと、すぐに後ろを振り返った。
紺色のスポーツジャージを着た大瀧くんが、雨で濡れた髪をタオルで抑えながらこちらを見ていた。
倉庫の扉に寄りかかって髪をぬぐう姿はなんというか、水も滴るなんとやら、だけど僕の頭のセンサーはガンガンに警告を発していた。
僕の返答も待たずに案の定大瀧くんは扉を閉めた。
最近の大瀧くんは変だった。廊下ですれ違うとき、合同での体育、帰り支度をしているときですら変な視線を感じさせていたからだ。
「お、大瀧くん、は…えと、部活…?」
「そうだな」
苦し紛れの言葉も彼の前では何の役にも立たない。
あっという間に距離を詰められたかと思えば僕の体は宙に浮いていて、ちょうど跳び箱の一番上へ座らせられていた。
身の危険なんて最初から感じていたけれど、こうなってくるといつもの冷や汗が倍以上背中をつたう。
「おろして、何す…ッあ!」
ぎゅ、と下腹部を押される。忘れかけていた尿意が突然こみ上げてきて、血の気が引いていくのがわかった。僕の反応をみて、微かに大瀧くんの顔色が変わった気がした。
押し付ける手は下腹部からだんだんと股間近くへと下がってくる。
「お、たきく…っやだ、やめて…っ」
そう首を横に振るのにズボンを降ろされ、しなしなになったままの僕のモノが顔を出した。
情けなくて恥ずかしくて必死でそれを手で隠すけれど、いとも簡単に後ろ手にされてそれをじっと見つめられる。
恥ずかしくて死にそうだった。
顔を背けると「こっち見ろ」と低い声。
「手伝う」
いらない!!
僕の抵抗も虚しく、大瀧くんの細くて少し荒れた指がつう、とペニスの裏筋を撫ぜた。それから先っぽをくるりと指でなぞられて、肩や脚が跳ねる。
「や、ァッ、あ、そこ、しないでぇ…ッ」
先っぽばかりを執拗に責められて、敏感になったそこはもう先走りが溢れてきた。
「ひゃ、ァッ!だめ、やだぁっ!!」
唾液でねとねとになったそこを、大瀧くんは先走りを絡ませながらぐちゅぐちゅと扱く。
精液とは違う何かが尿道を押し上げて、逃げるように腰を引いてもびくともしない。
「やだ、ァッ、い、あ、おおたきく…ッ!いやぁ、あっ、だめ、でちゃ…ッ」
漏れてしまう、そう思った時にはもう遅くて、僕は脚を震わせながらその場でおしっこを漏らしてしまった。
じわりと広がる居心地の悪い体温。ズボンは跳ねた尿でびしょびしょだし、せっかく綺麗にした床も所々に尿が跳ねていた。
それを見たらどんどん悲しくなって、ぽろぽろ涙は止まらないし、身体は震えた。
す、と大瀧くんがタオルを僕の足の付け根に添えた時、
「も、やだッ、きらい、大瀧く…っさわんないでよぉっ」
つい口をついて出たその言葉に、ぴたりと大瀧くんの動作が止まった。
あ、と思った。
「わかった。もう触らない」
僕がきょとんとしていると、まるで何事もなかったかのように大瀧くんは倉庫を出て行った。
それからというもの、校内ですれ違っても、合同の体育でも、帰りの支度の時も視線を感じなくなった。
「って、聞いてるんすか先輩!!」
はっとして結城くんを見る。もうアイスは食べたのか、木の棒をぺちぺちと頬に当てられた。
ごめん、と呟いてため息。
大瀧くんのこと、傷つけてしまったのだろうか。
自分であんなことを言っておいて、チクリと心臓のあたりに痛みがさす。
あのときのタオル、まだ返してない。というよりずっと避けていた。
「結城くんごめんね、僕用事思い出して…えと…よ、寄るとこが…また今度、一緒に帰ろ」
言葉が見当たらずそう濁すと、結城くんは不思議な顔をしつつも「…しゃーないっすね」と切ない声色で返した。
スクールカバンを背負い直して校内へ戻ろうとした瞬間、手首をぐいっと引っ張られたかと思うとすっぽり結城くんの腕の中に仕舞い込まれてしまった。
びっくりして何も言えずにいると、すぐにその腕はぱっと僕を解放する。
「先輩、また明日!」
にっこり花丸に笑う結城くんの笑顔になぜか心の隅っこがチクリとする。
僕は不器用に笑って「うん」とだけ返すと、結城くんは笑顔のまんま手を振って校門をくぐって行った。
またチクリ。最近こんな気持ちばっかりだなぁ、と、心の靄を振り払うように僕は走った。
別棟の階段は長い。そして、その最上階にはボクシング部とデカデカ書かれた扉。
少し下を見ると踊り場の窓からは薄暗くほのかに月明かりが射していて、遠くからは吹奏楽部の細いフルートの音がした。
もうどの部活も終わっている。扉の向こうも物音ひとつしていなかった。
ふぅ、とひとつ深呼吸。
平気、平気…おそるおそる重たい扉を開けるとやっぱり人ひとりいなくて、さっきまで使われていただろうリングだけが汗をかいていた。
「し、失礼します…」
足を踏み入れるとそれだけで空気が震えるような静寂。と、微かに聞こえた物音。
さっとスクールカバンからタオルを取り出して
辺りを見回す。
やっぱり人っ子ひとりいない。電気こそついているものの、もしかして練習はとっくに終わって自主練とか、そもそも違う棟でやってるのかも…
「何してんの」
「わっ!!!」
大げさに肩が跳ねて声がした方を見ると、奥にあるロッカールームから顔を出している大瀧くんの姿。
ゴクリと息を呑む。勢い余ってここまで来てしまったけれど、いざ当の本人の顔を見ると怖気づいて言葉に詰まってしまう。
だめだ、ちゃんと言わないと、
「あの、あ…えっと、タオル…を…」
「…そ」
一言、そう言うと大瀧くんはすぐロッカーへ向き直ってしまう。
沈黙。気まずい…のは、僕だけなのかもしれない。
あんなこと言って、本当にこれからずっとこのままなんだろうか。別にああいうことしたいわけじゃない、ただ普通に話したり、他愛のないことで笑ったりしたいって、そう思うことって贅沢なことなんだろうか。
じわりと視界が霞んで、ダメだダメだと一人首をふる。
「ま、待ってっ」
追いかけるようにしてロッカールームへ入る。
ツンとする少しの汗臭さが漂っていて、申し訳程度に付けられた小さな扇風機がカラカラと回っていた。
着替えをする彼の姿に、なんだか見てはいけないような気がしてちょっと目をそらす。負けるな僕、ちゃんと言わなきゃ。
「お…大瀧くん」
恐るおそる名前を呼んだ。
けれど返事はなくて、Tシャツに着替える大瀧くんの後ろ姿に胸が苦しくなる。
「おおたきくんっ」
「なん…」
やっと振り返ってくれて嬉しいのに、堪えきれない何かがポタポタ目から溢れてしまう。
やっと振り向いてくれたのに、大瀧くんが見てくれてるのに、どうしようもなく言葉が出なくて代わりに次から次へと涙が出てしまう。
大瀧くんはなにも言わない。それがまた苦しくて、でも言わなきゃいけなくて。
「お、たきく、あんなこと言って、ぼく」
ごめんね、そう言いたいのに言葉が詰まってしまう。
「俺、お前に触れないんだけど」
ようやくかけられた言葉にハッとして前を見ると、いつの間にか詰められた距離で目の前には大瀧くんの顔が見える。
触らないで、そう言ってしまったことを思い出すと胸がチクリとしてまた目の前が霞む。
触れるか触れないか、そのくらいの距離で顎から流れ落ちる涙が舌で掬われていく。
「触れなくて、イラついて死にそう」
いつもより余裕のない声が耳元で聞こえて、思わずびくっと肩が跳ねた。
怖いとかじゃない。
「おおたきく、ぼく…っ仲直り、したくて」
ひとつずつ言葉を紡ぐのに精一杯で大瀧くんの顔も見れなくて、でも分かって欲しくて。
「ひどいこと言って、ごめ…んンッ」
全部言い終わる前に唇が塞がれて、突然されたキスに混乱してしまう。
待って、そう言おうとして開けた口の中にぬるりと舌が入り込んで、逃れようにも頭をしっかり押さえられていて逃れられない。
「んぅ、あっ、ひ…あ、待ってっ!」
ガタガタと音を立てながらロッカールームの細いベンチに雪崩れ込む。隙間の粗いベンチのパイプに背中を打って痛みに目を開けるとポロリ、落ちた涙の隙間から大瀧くんの熱のこもった瞳が見えて心臓が鳴る。
「悪いけど、もう限界」
そう言ってシャツの上から乳首の周りをゆっくりなぞられる。その手つきにぞくりとしてきつく目を閉じると、瞼にキスを落とされた。
その唇は下へ降り、少し躊躇したあと舌先が僕の唇に触れる。乱暴さの中に少し見え隠れする戸惑いに、胸の奥がチクリとした。
僕が、嫌って言ったから。
「ま、待ってっ!大瀧くん、その、あの…っ」
僕が突き放してしまったから、僕がなんとかしないといけないんだ。
ぎゅう、と恐るおそる大瀧くんのジャージを掴み、その瞳をちゃんと見る。怖いけど、このままじゃ嫌だ。
「ぼ、僕、なめる…から…っ」
そう言うと大瀧くんは一瞬驚いたような顔をして、だけどすぐ「ん」と頷いた。
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