カラスが鳴いたらかーえろ
幸太くんシリーズ/結城くん



結城くんと喧嘩をした。

きっかけはどうでもいいことだった。
いつもみたいに結城くんの課題をみていたら寝ようとしたから、「少しはゆずるくんを見習ったら」と言っただけなのに、眉間にしわを寄せてそのまま帰ってしまった。

あれから三日が経つ。
毎日まいにち休み時間がくるたびに教室まで来ていた結城くんはいっこうに顔を見せず、帰りだって一人だ。
最初は静かでいいなんて思っていたけど、なんだか胸の奥がむかむかもやもやして居心地が悪い。
着信やメールがないかなぁなんて携帯を確認するあたり、僕もたいがいだなと思う。

ため息をつきつつ帰っていると、ふっと目の前に暗い影が落ちた。
ちらりと目に入ったのは柄の悪い方々で、人数は5、6人。制服は僕の通う学校のものだった。
関わらないように避けて歩こうとしても、前をさえぎられてしまう。
おそらく意図的なそれに居ても立っても居られず仕方なく顔を上げると、ニタニタと笑うその面々にはどこかで見覚えがあった。


「久しぶり、不幸太くーん」


背中に冷たいものが走る。
あのときの、人たちだ。

とっさに逃げようと踵を返すところで襟元をつかまれ、あっという間に茂みの中に連れ込まれてしまった。
身体が宙を浮いて、次の瞬間には芝生に身体が叩きつけられていた。痛みと混乱ですぐに起き上がることができずにいると、頭上でカチャカチャと何かを外す音がした。それと同時に僕のベルトに誰かが手をかける。


「や、やだ、やめてっ」

「うるせぇんだよ、みんなお前でぬきてーの」


あぁ、どこかで聞いた言葉だ。なつかしくて、痛い。

抵抗もむなしくベルトが外され、あっという間にパンツまで脱がされる。いやだ、と言う声はか細くて、怖くてこわくて何もできない。
僕の頬をつかんだ一人が息を荒くして言う。


「俺たちさぁ、ずっとお前が一人になるの狙ってたんだけどよぉ、なんかうぜぇ奴が金魚の糞みたいについてまわってたせいで遊んであげられなかったんよ」


なぁ?と周りの不良たちも笑い合う。

結城くんの顔がふと浮かんだ。
笑った顔、怒った顔、ふざけて僕をからかう顔、時々みせる真剣な顔。
僕は体を震わせた。


「結城くんは、金魚の糞なんかじゃ、ないっ」

「あぁ?」

「友達、だから…っ」


シン、とその場が静まり返る。と思った次の瞬間には笑い声。


「ばっかじゃねぇの!おめでてぇ奴」

「お前みたいなのが相手にされるわけねぇだろ!いいから舐めろよ、お前の相手はこっち。結城の奴にも同じようにされてんだろ?そういうオトモダチって言うんならわかるけどな」

「…っ!」


何も言い返せなかった。確かに、なにもされていないわけじゃないから。
そういう仲かと聞かれれば堂々と違うなんて言えない。

でも、どこかで違うって思いたかった。胸の奥が痛くて喉がジリジリ熱くなる。
そうこう思っている間にずるっとズボンが脱がされて、無理やり口を開けさせられてしまう。
周りから笑い声や荒い息使いが嫌でも聞こえた。
全部ぜんぶなくしたい。

きっと今まで結城くんのおかげで平和ボケしてたんだ。友達だなんて言われて、本当はずっとずっと浮かれてた。
本当は課題なんて終わらなくてよかったのに、一緒にいて、笑って、それだけでうれしかったのに。

でも僕はやっぱりこんなふうにしか生きられないんだ。
男の手が僕のあらゆるところをまさぐる。
気持ち悪くて涙が出た。


「ひ、あっ、いや、いやだ、やだあ…!」

「おい」


青臭いモノが頬に触れそうになった瞬間、どこかで聞き覚えのある声、だけどものすごく低い声が後ろから聞こえた。
空気が軋んで、不良たちがいっせいに息を呑む音が響く。


「離せよ」


空気を裂くようにその声が近づいてくる。
不良の一人が後ずさる。
途端に僕の頬から手が離れ、すぐにその場を離れようとするけれど腰が抜けて立ち上がれない。


「ゆ、結城…てめぇ、調子乗ってんじゃ」

「離せっつってんだよ」


結城…?まさか、と思って顔を上げる。
ぼやけた視界に見慣れた姿、嘘だと思いながら目を丸くしていると、見たこともない怖い顔をした結城くんが立っていた。


「続けるなら殺す、全員殺す」


チッ、頭上から舌打ちが降ってきて、腰をつかんでいた手も離れていく。すっと肩の力が抜けていく。

不良たちが去ってしばらく呆然としていると、いつもみたいに結城くんがへらへらと近寄ってきた。僕もつられて力なく笑う。


「結城くん、すごい、クモの子、散らすみたいだった」

「えっ雲の子ってなんすか、メルヘンすか、意外と余裕っすね先輩!ていうかあれくらいかわせないと男じゃないっすよ、玉なしっすよ!」


はは、と笑っているつもりなのに、ぽろぽろ頬に熱いものが流れて止まらない。
身体がさっきまでの恐怖を思い出して震えてくる。
ばかみたいだ、後輩に助けられて、おまけにお尻まで出したまま。


「ゆ、ゆうきく、ゆうきくん、」


ごめんね、そう言おうとするのに言葉がつながらない。


「先輩、泣かないで」


あぁ、どこかで聞いた言葉だ。なつかしいけど、でも、痛くない。
ぎゅっと結城くんが僕を抱きしめて、少し細いため息をつく。両手をどこに置けばいいかわからなくて、とりあえず結城くんの背中に手をまわす。


「結城くん僕のこと、嫌になったんじゃないの」

「嫌じゃないっすよ」

「じゃあ明日からまた、教室、きてくれるの」

「うん」

「また、おひる一緒に食べられるの」

「うん」

「一緒に、帰ってくれるの」

「うん」

「なんで、なんで一緒にいてくれるの」


ぽつりとこぼれた一言に、結城くんは黙ってしまった。

僕は何か悪いことを言ってしまったんじゃないか、怖くなって結城くんの顔を見ようとしたけれど、頭に顎を乗せられて身動きがとれなくなってしまった。
さっきより強く腕に力を入れて抱きしめるものだから、息苦しくて思わず結城くんの背中を叩く。


「結城く」


ふっと体が離れたと思った瞬間、唇にやわらかい感触がした。


「先輩言ったじゃないすか、友達だって、ちゃんと」

「うん」

「俺が一緒にいたいんす」

「うん、うん」


ぼろぼろと泣く僕の頬を両手ではさみながら、向こうで鳴いたカラスの鳴き声にふふっと結城くんが笑った。


「さ!カラスが鳴いたらかーえろ」












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