幸太くんの不幸05
VS八木くん?
/無理矢理・腹黒
「先輩、世界には自分と似てる人間が二人くらいいるらしーっすよ」
影の色が濃くなり始めた帰り道、ふと思い出したように結城くんが言う。
また突拍子もないことを、しかも二人くらいってそんな曖昧な情報、どこから。
ふぅんと適当な相槌にも気づかず、結城くんは続ける。
「しかもそいつと会ったらなんか死ぬらしいんすよ。めちゃくちゃ怖くないすか?」
「もしかしてドッペルゲンガーの話?」
「ドッペル…あー!犬の」
「種類とかじゃないからね。都市伝説だよ、わりと有名な…」
紙パックのジュースを啜りながら、結城くんが何か閃いたように、まさに頭の上で電球が点灯したかのようににっこりとこちらを向く。
「や!先輩がもし2人いたら俺やーばいっす、もう、とりあえず考えつくエロいこと全部する覚悟あるっすよ」
覚悟なのか自信なのかよくわからない。
そんな熱意のこもった宣誓を聞いたところで、ちょうどいつも別れる曲がり角に着き、結城くんは手をぶんぶんと振りながら帰って行った。
結城くんと一緒に帰るのはもう日常になっていた。
ボクシング部が早く終わる日は僕が図書館で勉強しながら待っているし、ない日は課題を手伝ってから一緒に帰る。
最初こそ戸惑ったものの、結城くんの純粋無垢な人懐っこさに僕の警戒心はいつの間にか解けてしまっていた。
不良のコミュニケーション能力恐るべしとでも言うべきか。
不良というか、結城くんだからかな。
「あ、買い物しないと…」
ふと母親から今朝頼まれた買い物を思い出し、いつもと違う曲がり角をまがる。
あたりはすっかり薄暗い。
どうせなら結城くんについてきてもらえばよかったかな…と思っていると、ポケットの中の携帯が震える。
取り出して目を落とせば、ちょうど結城くんからのメッセージ。
『ドッペルマン要注意っす!』
前半合ってるけど後半の集中力の切れ方が半端ない。
明日の課題忘れないようにね、と返事を打ちながら、自然と口元が緩んでしまう。
と、携帯に集中しすぎて誰かと肩がぶつかった。
「っ!あ、すみませ…、ッ!!」
見上げた先にある顔を見て、ドクンと一つ大きく鼓動が揺れる。
目の前にいるのは、紛れもなく、八木くんだった。
あの出来事が、忘れていたはずの出来事が物凄い速さで頭の中を駆け巡る。
息をするのも忘れてしまうくらいの衝撃に、僕は思わず立ち尽くして携帯を落としてしまった。
「あの、大丈夫ですか?」
「え」
「携帯、落としましたよ」
そう言って八木くんが携帯を拾い、軽く砂を払う。それどころか、優しく微笑んで渡そうと携帯を差し出している。
僕はますます混乱してしまう。
いつもの、少なくとも前に接触した時の八木くんなら携帯を踏んでもいいようなところなのに、拾ってくれるだなんて。
まるで別人…
ハッとしてよく見ると赤髪ではなく黒髪だし、銀色のピアスも口元にない。
それに、この人が着ている制服…見覚えがあると思ったら、近くにある名門進学校の制服だ。
だけど顔や背格好は八木くんとまるでおんなじ。
結城くんの話が頭をよぎった。
「や、ぎくん…?」
「…え?」
そう言うと八木くん、らしき人物は驚いたように目を丸くした。
名前を声にして呼ぶのはいつぶりだろう。
拾ってもらった携帯を握りしめ、ゴクリともう一度息を呑む。
「どうして名前…あぁ」
なにかに気がついたかのように彼は少し笑った。
「僕は確かに八木ですけど、名前は和泉です。たぶんあなたが言っている八木くんっていうのは、僕の兄だと思いますよ。双子の。」
「双子…?」
思いもよらない事実に、今度は僕が驚いた。
まさか八木くんが双子だなんて思ってもいなかった。
目の前にいる八木くんは、ドッペルゲンガーでもなんでもない、正真正銘の別人だけど、八木くんの弟ということだ。
よかった、本人じゃない…そう思うと途端に張り詰めていた糸が解けていく。
安心して思わず崩れ落ちそうになって近くのフェンスに手をかける。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です、すみません…」
「顔色すごく悪いですけど…そこの公園に水道ありますから、少し飲んだらどうですか?」
驚くほど優しくて紳士的な振る舞いに、双子といえどこんなに性格は違うものかと驚きを隠せない。
心配そうにこちらを見やるその目は確かに八木くんそのものなのに。
申し訳ないと思いつつも軽く腰が抜けていて、介抱されるようにして公園へ入って行った。
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