∵獣と友達になる。




12月も半ばに差し掛かろうとしていた。
ギンと二人で瞬にいにねだってねだってようやく解禁されたコタツ。
大きな窓から溢れる太陽の光を上半身にあび、人工的ではあるものの、ギンの体温も加わった暖かいぬくもりを下半身いっぱいに感じながら、俺は満足げな吐息を漏らしていた。

今日は日曜でおまけにバイトも休み。
時間に余裕がある午前中の気分ほど心地いいもんはない。
そういや補習があるからこい、なんて担任から言われていたっけ。
いや、仕方ないよね。だってこんなに気持ちいコタツと離れるなんて俺には考えられない。


「ごしゅじんさまあったかぁい」

「くっつくなって、こういうのは適度に距離とっといたほうがあったけーの!」


ぷぅ、と小さな頬を膨らませているギンを横目に、読みかけの漫画に目を落とした瞬間、玄関のチャイムが鳴り響いた。


「ごしゅじ」

「シッ!どうせ集金か宗教の勧誘かなんかだ、静かにやり過ごすぞ」


きりっとまん丸い目を険しくさせてギンが頷く。俺も無言のまま頷くと、少しの沈黙のあと、もう一度チャイムが鳴り響いた。
幸いテレビもつけていないし、物音さえ立てなければ諦めて、

ピンポーン

諦めて帰って、

ピンポンピンポン

帰ってくれるはず

ピンポーーーン


「なんなんだよ!!!」


ついにしびれを切らして、俺は玄関のほうへ走り出した。
コタツから急に外気にさらされた足はすうすうとして、冷たくなったフローリングの温度がはだしに染み渡る。

ため息をついてドアスコープから外をのぞく。
そこには、こちらをじっと凝視しているひとりの青年。たぶん歳は俺と同じくらい。
真っ黒のジャージに金色のラインが入っていて、胸元には見覚えのある校章のマーク。
使い古した大きなエナメルカバンを肩にかけた青年は、またもチャイムを押すところだった。


「はいはい!います!」


勢いよくドアを開けると青年は少し驚いたような顔をした。
ドアスコープごしではわからなかったが、相当背が高い。俺も身長はないほうじゃないんだけど、こいつ、180はゆうに超えてるんじゃないか。
腰が引けそうになって、いやいや、不良の意地を見せてやると体勢を持ち直す。
色素の薄いふわっとした髪の毛に、切れ長の目。青年は扉の部屋ナンバーと俺を交互に見て、それから言う。


「すみません、ここ、藤崎先生の家って聞いたのですが」

「藤崎先生…?」


ぽく、ぽく、ぽく、と頭で木魚の音が鳴る。
そしてハッとする。
いかにも部活帰りですといわんばかりの青年のさわやかな風貌…そしてこの校章。
何よりこのジャージ、どこかで見覚えがあると思ったら、瞬にいがいつも着て帰ってくるやつだ。


「自分、バスケ部の…」

「あー!やっぱり。バスケ部、そうね、そうね、そんなこともしてたね。俺、藤崎センセイの弟です。はい、すいませんなんか。でも今、瞬に…兄は確か学校行ってるって」


そういえばそうだった。瞬にいは男子バスケ部のコーチと顧問をしている。
ここに住む前に聞いて、ただの暴君が球技なんかできるのかよと茶化したこともあるが、お前よりはできると言われたことがある。
その証拠に、瞬にいの高校のバスケ部は毎年県内トップクラス、全国的にも注目されるまでになっている。


「いや、先生の会議の都合で練習が早く終わって。こないだの練習試合、録画したもの、渡しに」

「あー、わかった、じゃあ俺が渡し…」


手を伸ばしかけて頭の中のもう一人の俺が制止をかける。
確か朝、俺は夕方まで補習だということを瞬にいに伝えた気がする。
もちろん行く気なんてさらさらなかったし、夕方前にふらっと家を出てそのままふらっと帰って来ようなんて甘い考えで今までぬくぬくしていたわけだが。

このDVDを受け取ってしまえば、俺がこの時間に家にいたことがバレてしまう。
その時点で俺の人生は終了だ。


「助かります。じゃあ藤崎先生にはそう連絡し」

「待って!!それはまずい、まずいっていうか、」


死ぬ!!!


「すごい汗かいてますが」

「いや、そう?やー、思ったより外が暑くて、いや寒いんだけど、えっと」

「ところで、その後ろの子は藤崎先生のお子さんですか」


指差されたほうを振り向けば、耳をピンと立てたギンが警戒するような目で青年を睨みつけている。
おそらく見えていないシッポも相当太くなっちゃっているんじゃないか、そう思うとさらに冷や汗が止まらない。
急いで青年のほうを見れば、表情こそは変わらないものの、瞳だけが丸く、やはり凝視している感が否めない。


「いやあの!これ、いとこ…っていうか、親戚、」

「ごしゅじんさまになにか用ですか!!」

「あああ親戚って言っても遠い国から来た親戚で!!だからまだ日本語がアレな感じで、こんなこと言っちゃってるみたいな!異文化だからちょっとこのアクセサリー的な耳も可愛くあしらっちゃってるみたいな、ギン、俺のことはお兄ちゃんって呼べって言っただろ…」


パッとすぐそばにあったニット帽をコート掛けから引っ張り出してすぐにギンの頭にかぶせる。
はは、と空笑い。
青年は物凄い眼力で凝視してはいるものの、相変わらず笑いもしなければ困惑の表情も見せない。
助かるけど、これはこれでどうすればいいのか…


「それで、DVDは…」

「あっ…」


行き場をなくした青年の手が、DVDを持ったまま右往左往している。青年にとって、ギンの存在よりDVDの行く末のほうが気になるようだった。
だがここで易々とそれを受け取るわけにはいかない。
なんていったって俺の命がかかっているからだ。


「いったん…外、出るか…」

「お散歩ですか!!」

「え、あの、DVD」

「お、俺も今ちょうど出かけようとしてたとこで!瞬に…どうせ兄貴ももうすぐで帰ってくるし、そのへんで待ってない?っていう」


とりあえずとして、俺がDVDを受け取ってこいつがすぐさま瞬にいに連絡することだけは避けたかった。
時間稼ぎといえば苦し紛れすぎる対応だが、俺が家にいたことを黙って欲しいというお願いをするためにもまずは時間を作りたかった。

腑に落ちていないのかどうなのか、青年はとりあえず交渉にのってくれたようだった。


「えーっと、じゃあ待って、俺着替えるから!あー、その…外じゃ寒いだろうから、適当に待ってて欲しいんだけど!」


慌てて踵を返し、俺は居間のドアにかけて干しておいたタンクトップとワイシャツを手に取る。
ギンはなんだかそわそわしていて、俺の周りをぐるぐると回ったり、脱ごうとしていたシャツのすそをぐいっと引っ張ったりする。


「あーっ、もう、ギン!くっつくなってー!どうしたんだよ、あーワイシャツまだちょっと乾いねぇなこれ…」

「イヤ…」

「んー?なんか言ったかー?」


ワイシャツに腕を通しながら怪訝な声でそう問うと、ふるふるとギンが首を横に振る。
いつもとなんとなく違うギンの様子に首を傾げたが、今は急がなければならない。
まぁギンだって突然の来客でテンパっているのかもしれない。
あぁそうだ、こいつにも帽子やら何やら着させなければ。

俺はバタバタと居間を出ていった。


「イヤなにおい…」





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