周(あまね)くんは不思議な人だった。
世の中には一匹狼やハズレ者なんていう言葉があるけれど、そのどれにも当てはまらないような気がする。
しいて言えばまるで透明人間みたいに存在がない。
容姿や性格に難があるわけでもない、むしろ一目置かれるくらいに美しい。
実際、入学したての頃、女の子がクラスにやってきては周くんを連れ去って行くのを横目で何度も見たけれど、今はもうそれもなくなった。
女の子たちがどんな扱いを受けたのかは、わからない。
いつもつまらなそうに窓の外を見ているその横顔はきれいだけど、冷たくて、さびしい、そんな人。
周くんを気にしているわけじゃないけれど、なんとなくいつも視界の隅に彼はいた。
「もーがみくーん」
そんなことを考えていると、ご機嫌な声とともに丸められた紙くずが頭に当たる。
学校にいる時間の中で一番ゆううつな時間だった。
昔からそうだった。
被虐性、とでもいうのだろうか。僕はどうやら人一倍その傾向が強いみたいだった。
もちろん自覚なんてない。
勝手にふりまいて、それを誰かが良いように形を変えて返すだけ。
もっとも、とてつもなく歪んだ形で。
「お昼だよー」
僕は急いでかばんから財布を取り出すと、いつも通り西園先輩から紙を受け取る。
西園先輩が持っている紙には、4人分の「お昼ご飯」が書いてある。僕はそれを買いに学食へ走らなければならない。
先輩たちの笑い声に押し出されるように、僕は走り出していた。
昼時の混みあった購買に並ぶのももう慣れた。
西園先輩には入学式のときにすでに目をつけられていたらしい。
中学3年間もずっといじめられてきた僕にとって、自然な流れだとどこか心の中で納得していた。
滞りなくカーストを回すためには僕のような人間が一人は必要だということも、つたない頭で考えたものだった。
教室に戻ると、その空気が異常に張り詰めていて思わず僕は息を呑む。
いつもより購買が混んでいた、そんな言い訳が通じるはずもない。
「おせぇんだよクソが」
さっきまでご機嫌そうだった西園先輩の顔が歪んで、とたんに下腹部に激痛が走る。
僕は周りの机を巻き込みながら床に倒れこんだ。でもすぐに立ち上がらなければならない。そうしないといけない決まりになっているから。
周りは見て見ぬふりをする。一緒になってくすくす笑うやつもいれば、いつもと変わらないお昼を送ってるやつもいる。
は、は、と短く息を吐きながら必死で立ち上がる。
「たかが飯買ってくるのに何分かかってんだよ。まさか自分の飯買ってきたんじゃねぇだろうな」
今度は左手の甲で頬のあたりを殴られる。
当たりが悪くて顎が痺れたが、僕はすぐ首を横に振った。
「信じられねぇな。放課後準備室まで来いよ」
逃げんじゃねぇぞ、と投げ捨てられた言葉に弱々しく頷くと、ちょうどお昼休み終了の鐘が鳴る。
解放された、僕の背中からゆっくり冷や汗が引いていく。
西園先輩はあたりに散乱した机を蹴ると、舌打ちをして帰っていった。
一呼吸おいて、僕は散らかった教室をきれいにする。先生が来る前に、あっという間に教室はただの教室になった。