ホットミルク
ヤクザ×気弱/ピュアッピュア甘






一目惚れというものがあるのなら。
彼を見た瞬間、その名の通り稲妻が走ったようだった。

屈強で均等につけられた筋肉のバランスの良い身体つき、彫りの深い顔立ちにキリッとした瞳。口元の白く浮き出た古傷がまたその逞しさを際立たせていた。


「てンめぇふっざけんなコラァア!!!」


そう、今まさにお隣さんを取り立てている真っ最中の彼が、その稲妻さんだ。

数ヶ月前、稲妻さんはお隣と間違えて僕の家のドアを蹴破って取り立てに来た。
衝撃だった。同時に、その荒々しく鈍い光を宿した瞳に全てを持っていかれそうになった。いや、持っていかれた。
こんな感覚は初めてだった。

名前を知ったのはその後。誤解だと分かったときに、連れの人が「稲妻くん」と呼んでいたのを聞いてから。
なんて素敵な名前なんだろう、と、思わず腰が抜けたまんまぎゅーっと噛み締めたのを覚えている。

それから週に何度となく隣に通い詰めの彼を、こうしてドアスコープ越しに見つめる日々なのだけど。


「この次までに用意できなかったらテメェ…わかってんだろーなオイ!聞いてんのかオイ!」


あぁ、すでに凹んでるドアをめちゃくちゃに蹴飛ばす姿も格好良いです。あんなにバカの一つ覚えみたいに…
稲妻さんはチッと大きく舌打ちをして最後にもう一度ドアに蹴りを入れると、ポケットに手を入れて携帯を取り出した。


「っス。雨ェ降ってきたんでもーちょいこっちいるんで。あー…じゃーまた明日で」


この間一緒にいた人に電話かな。
携帯をしまうと、稲妻さんは静かに雨の降りしきる街路樹を眺めた。
確かに外は大雨だった。家の中にいても音がひどく聞こえるくらいだ。それに、季節はようやく冬を越したところ。
外にいたら、きっと寒い。

ど、どうしよう、どうしよう。
ドクンドクンと心臓が慌ただしく脈を打つ。

でも、そう思ったときにはチェーンを外し、勢いよくドアを開けていた。

稲妻さんが一瞬驚いたような顔をして、それからグググと眉間にしわがよっていく。予想どおりの反応で寒いのに汗が止まらない。


「ンだぁテメェ…」

「あっえっ!!えっと、そ、そこにいたら寒いかなって…その…あの、」


雨、だし…と、弱々しく付け加える。
しばらくの沈黙。


「………だからなんだっつー…」

「ううう、うちで!雨宿りとかっ…しても、いいので…もしあの、よけ、よければっ」


いきなり家に誘うなんてハードルが高すぎたか…!!
カチコチで泣いちゃいそうな目元をきゅっと引き締めて、沈黙と鋭い目に耐える。


「ん」

「えっ!」

「雨宿りさせてくれンじゃねーのかよ」


今度は僕が呆気にとられた。
数秒おいて、「も、ももももちろんです!!」とドアを思い切り開けた。

玄関に入ると稲妻さんは靴を乱雑に脱いで、かと思うと少し間をおいて綺麗に靴を揃えて隅に置いた。
ほんの少しのことだけどその仕草にきゅんとして見つめていると、「あぁ!?」と怒号。
その気の短さもたまらないけども、僕はまたびっくりしてそそくさと中へ入れた。


「えとあの、あったかいもの、こ、コーンポタージュ的なものとか、あっ!コーヒーの方がいいですか!」

「………牛乳あっためたやつ」


まさかのホットミルク。

ポカンとしているとまた「っンだよ!?」と怒号。だってコーヒー好きみたいなそんな格好して…!
慌てふためいてキッチン上のウォールキャビネットから鍋を落っことしそうになると、稲妻さんはサッとそれを支えてくれた。

背も高いんだなぁ、何センチあるんだろう、なんて悠長に考えられる自分のうとさに感謝。
だって稲妻さんが近い、こんなに近い、しかも両手で支えてくれてるから必然的に後ろから壁ドン的な、


「…おい」

「ひゃい!!」

「いつまで固まってんだよキレさせてぇのか」

「とんでもないですハイ!!ぎゅっ、牛乳、砂糖、いれますか!!」

「砂糖?」


この意思疎通の出来なさはまるで宇宙人と人類の出会いのような何かを想起させる。
どうやら稲妻さんは甘いものが好きなようだけど、その辺りの知識はあんまりないみたいだった。
牛乳に砂糖を入れるとおいしいです、ということを身振り手振りを踏まえて必死に伝えると、少し目を輝かせて「まずかったらコロス」と返された。

あぐらをかいて座り、外の大雨を眺める稲妻さん。あぁ夢みたいだぁ…なんて、キッチンから見えるその光景をこっそり写真に収めたかったけれど、ここは我慢。
ぷちぷちと泡を吹き始めたホットミルクを二人分のマグカップに注いで、僕は急いで彼のもとへ運ぶ。

ほこほこ湯気が上がるそれを見るとやっぱり稲妻さんの目は少し輝いて、それからすぐ飲もうとするものだから僕はまた慌てた。


「ふ、ふーふーしないと!やけど、やけどが!」

「おめェ女かよ!?」

「ちが、あ゛っ!!」


つんのめって思わず転びそうになったところを、絶妙なタイミングで稲妻さんの腕が支える。
再び沈黙。
拝啓母さん元気ですか。僕はもう、


「死んでもいい…」

「………それは困る」


はぁ、とため息をついた稲妻さんが僕の言った通り控えめにふぅふぅとホットミルクに息を吹きかけ、一口。
僕は支えられた彼の腕をぎゅっと握り、その一部始終を見守る。


「ンめぇ」

「ほっ!ほ、ほんとですか!!」


こくこく、飲んだままの稲妻さんが眉間にシワを寄せたまま真剣に頷く。
嬉しくてたまらなくて、僕はまたぎゅーと唇を噛みしめてしまう。
ホットミルクで稲妻さんが喜んでくれるなら、毎日だって毎朝だって、むしろ呼んでもらえればいつでも作るのに!

ほこほこの湯気と一緒に僕もホットミルクを飲む。
あぁ、僕いま稲妻さんと一緒のもの飲んでる。ということは稲妻さんの胃袋と僕の胃袋が同じ状態なわけで、そうするともう一つになってるとしか言えないわけで、そしたらもう、


「おめー名前は?」

「はぇ!あっ!え、と…こ、小雨、です」

「こさめ?」

「あ、小さい雨で、こさめ…です…」


ふーん、と稲妻さんが興味なさそうに言う。
呼んで、くれたらな。
少しそんなことを思いながら、小さくなってちょっとだけ彼の方を盗み見る。と、ふと目が合って。


「…俺のこと怖くねェのかよ」

「怖くないです!!」


あまりの即答と大きな声で自分でも驚いた。
ほんとはちょっと怖い。でもそれは恐怖よりもっと高次なもので。


「だ、だってその、僕は、…す、」

「……す?」

「すっ………す、素敵だなってその…あの…」

「あ゛ぁ!?」

「そそその全てを見透かしそうな瞳とか!!あとその!バランスのいい身体とかその、あと、甘いのがほんとは好きなところとかそのあの!!」


素敵なんで!!!
そうシャウトするとまた沈黙になる。

だっていきなり好きだなんて言ったら、もう来てくれなくなってしまいそうで。
もっと近づきたいのに、やっとお喋りできたのに。こんなに好きだなんて知られたら、そのほうがよっぽど怖い。

思わず泣きそうになっていると、突然両方のほっぺをつねられた。


「ンなにステキだっつーなら毎日これ飲ませろ!!」


今度は稲妻さんがシャウトした。
溜まっていた涙がほろほろと彼の指をつたってしまう。


「………おい返事は」

「…ひゃい」

「もっとでけェ声で言え!!」

「ひゃい!!」


よし!!!と僕のほっぺから手を離すと残りのホットミルクを流し込むように飲む。
稲妻さん、飲み終わったら帰ってしまう、この夢のような時間が終わってしまう。
そう思うとまたグズグズ泣いてしまって、隠すように僕もホットミルクを飲む。

好き。好きです。それだけ言えたらどんなに幸せなんだろう。


外の雨は少しずつ止んできて、遠くにうっすら虹まで見える。
机には二つの空のマグカップ。
稲妻さんは大きく伸びをして数秒何かを考えるようにぼんやりしたあと、おもむろに立ち上がる。


「…まーその、さんきゅーな」

「え…あ、う…はい」


玄関まで稲妻さんを送り、靴を履くその背中を見つめる。
でも勇気を出してよかった。これでよかった。
稲妻さんは最後に僕の頭に手を伸ばして、ためらうようにしてすぐドアノブを引いた。


静かになった部屋で大きくため息をつく。
もっと近くにいきたかったな、なんて、でも触れられた手が少しまだあったかい。
マグカップを回収しようとしたとき、ふと机の隅に置いてある紙切れに気付く。


『いなづま 080-××××-××××』


決して上手とは言えない字。


一目惚れというものがあるのなら。
それはまさに、彼の名前のごとく稲妻だ。









ありがとうございます、
誠心誠意頑張ります!





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