(プロ御幸×大学生沢村)


その記事が載った雑誌の発売日はよりによって14日だった。
狙いすましたかのようなタイミングに、いつかあの出版社は潰す、と固く心に誓う。なにが熱愛だ、熱も愛も1ミリもないっての。
繋がらない電話に残したメッセージの量はもう軽くストーカーレベルになっている。メールも同様だ。
なんのリアクションもないまま刻々と過ぎる時間に追いつめられ、9時過ぎにやっと試合が終わった頃には、俺の顔は勝ち試合にもかかわらず撮影NGが出るほどに凶悪な人相になっていた、らしい。
道理でよってたかって「早く帰れ」と追い出されたわけだ。

帰ったらすぐに車を出そう。最初に部屋へ行ってみて、あいつの友達やチームメイトにかたっぱしから電話して、それから。
頭の中でそんな算段をしながら帰りついた自分の部屋で、玄関ドアを開けてそのまま文字通り固まった。
入ってすぐのところに豪快に転がったスニーカー。廊下を奥に向かって足跡のように脱ぎすてられた靴下。
その痕跡をたどって行きついた寝室のベッドの上、こんもりと丸い布団のかたまりの中。
――捜しつづけた恋人が、そこにいた。

「……はは」

力が抜けて、ベッドにぽすん、と腰掛ける。微かな振動に反応したのか、ころりと寝返りをうった沢村が俺の足に頬をすり寄せるようにしてへにゃりと笑う。
なんだこのかわいい生物。新種か。だとしても発表なんかしないけど。

「……。みゆき?」
「おう。いつ来た?」
「んー…、夕方くらい?」
「寝すぎだろ」

薄く開いた目はまだ焦点を合わせきれていないようだ。そういや昨夜はレポートを書くんだと言ってたか。
そのまましばらく布団の中で眠りと起床の境界線上をうろうろしていた沢村は、何度か全力の瞬きを繰り返した後、やっと目がぱちりと開いて小さく「あ」と声を上げた。

「そういやなんか、変な夢見てた」
「夢?」
「青道にいた。俺が一年のときの、あんたの誕生日だった」
「……俺の?」

意外だった。こいつが一年の秋なら俺らはまだつきあってない。好きだと伝えてもいないころだ。
俺は俺で、こいつはこいつで気づきたての自分の気持ちを持て余して悩んでいた、そんな時期。
当然こいつは俺の誕生日を認識していなかったんだと、今の今まで思っていた。

「あんたすげぇモテてただろ? 今まで言ったことなかったけど、俺、見ちまったんだよな」
「なにを?」
「午後練の前、あんたが校舎の影で女の子にプレゼントを差し出されてたの。で、『好きな奴がいるから、ごめん』って断ったとこまで」

記憶をなぞるように天井を見上げていた沢村が俺に視線を移して「変な顔」と噴き出す。
だってどんな顔をしろってんだ。
俺の記憶にはもう残っていない出来事が、こいつの中にまだくっきりと存在しているのがなんだか不思議で、俺はただ無言で続きをうながす。

「でな、夢の中の一年生の俺がもう、この世の終わりみたいな顔してんの。変だよな、あの時は自分がどんな顔してるかなんてわからなかった筈なのに」
「うん」
「あんまり悲惨な顔してるもんだから、思わず全力で励ましちまった。夢なのにさ」
「なんて?」
「その眼鏡の言ってる『好きな奴』ってのはおまえだから。信じらんねぇかもだけど、そいつおまえのことすっげぇ好きだから。だからもうちょっと頑張れ、って」

自然に頬が緩んだ。大きい沢村が小さい沢村を励ましてる図を想像しただけで和む。どんなパラダイスだ。
けど、それ以上に嬉しかったのは。

「“すっげぇ好き”って?」
「だってあんた好きじゃん、俺のこと」

だろ? と自信満々に胸をはる沢村を、その曇りのない笑顔を見ていたら不意に胸が詰まった。
つきあって三年。ケンカもしたし会えなくてめげそうな時もあった。野球との両立に苦しんだことも。けれど。
なあ沢村。
ちょっとやそっとじゃ揺らがない、それくらいおまえが自信を持てるほど、俺は今おまえを上手に愛してやれてんのかな。

「良かった」
「なにが」
「おまえがここにいてくれて。……うん、わかってるとは思ってたけど、連絡取れねえし、やっぱりちょっと焦った」
「……」

沢村が無言でサイドテーブルの上の自分の携帯に目を遣る。
チカチカと忙しない点滅が、その中に詰まっているはずの俺の焦りを示しているようで少し可笑しい。

「一応言っとくけど完全にデマだから。あの週刊誌、ちょっと悪質さがエスカレートしてきたから、他の選手の被害もまとめてフロントの方で対処するらしい。もうこれ以上妙な記事は出ないと思う」

大きな目で俺を見つめていた恋人が、寝転んだまま両腕をのばして俺を引き寄せる。
逆らわずに体を寄せれば、歯形がつくかつかないかの力加減でカプリとやられたのは鼻の頭だ。拗ねた時の沢村の癖。

「嘘って知ってた」
「うん」
「……でも、ほんとはちょっとムカついた。なにがアツアツ焼肉デートだっての!」

つんと尖った恋人の唇に噛みついてやる。どうしても笑ってしまうのはしかたない。
んなとこまで俺も読んでねぇよ、読むなよ。

「じゃあ明日は何でも言うこと聞いてやるよ」
「マジで?」
「どこでも連れていくし好きなもんおごってやる」
「っしゃ!」

現金な恋人を抱きしめながら確認した壁の時計は、まだ日付が変わるまで一時間ほどの猶予を示していた。
けど、いいよな?

「誕生日おめでとう、栄純」
「まだ早くね?」
「明日は明日で飽きるほど言ってやるよ」

生まれてきてくれて、俺の傍にいてくれてありがとう。
キスの合間にそう囁けば、「気障!」と笑った恋人は、ほんのり赤く染まった目尻をくしゃくしゃにして日だまりの猫のように目を細めた。







生まれてきてくれてありがとうの五体投地。
沢村くん誕生日おめでとう!ございます!