血錆悪夢

気がつくと私は、暗い、暗い雨の路地を傘をささず、あてもなく歩いていました。
ざあざあ激しい雨が、私の頭や両肩に、容赦なく降り注ぎ、熱を奪っていきます。
じわりじわりと服が濡れて、氷水に浸かったような気分です。
雨樋を伝うぴちょん、ぴちょん、というなんとも不気味で寂しげな音が、路地中に響いていました。

しばらく歩いていますと、前方に鮮やかに赤い点が見えました。くるくると回っています。どうやら傘のようです。そのとき、ぞくり、と私の背筋が泡立ちました。知っている。私は知っている。あれが誰なのか。

私は歩調を早めました。不思議なことに、私の足元からは何の音もしないのです。
まるで私が存在しないかのように。

私はその赤い点十メートルほど手前でぴたりと足を止めました。
先程遠くから感じたように、それはやはり傘でした。赤い、女物にしては珍しく洒落気のない、大きな大きな傘でした。

傘からは、ぴちゃぴちゃと音をたてながらゆっくりと進む四本の足が見えています。

あぁ、やっぱり。と私は思いました。
あれはふみかちゃんと、ともやくんです。
私の大好きなともやくんを、私の大嫌いなふみかちゃんが盗ったのです。

私は悲しくなりました。
なぜかというと、ふみかちゃんは悪い子だからです。フリフリでヒラヒラで、女の子皆に嫌われています。対するともやくんは、おもしろくて女の子に優しくて、皆に好かれています。二人は絶対にお似合いではありません。きっと、ともやくんはふみかちゃんに騙されてしまったのです。

だめ!ふみかちゃんから離れて!
私はともやくんに向かって叫びました。しかし、私の言葉は声になりませんでした。私の口はただ虚しく、はくはくと息を吐き、吸うだけのものに成り下がってしまっていたのです。

私は悔しくて地団駄を踏みました。このままでは、大嫌いなふみかちゃんに、大好きなともやくんを本当に取られてしまいます。けれども私には何もできません。どうしたら良いのかわからないのです。

そうこうしている間に二人は、お洒落な喫茶店のような建物へと入っていきました。やたらと大きく聞こえるドアベルのからんころんという音で、私ははっと我に帰りました。

とりあえず、あの二人を見張っていなきゃ!
そう思った私は、いそいでそのドアをくぐりました。

入ってみると、やはりそこは古びた喫茶店でした。手前には小さなレジスターの置かれたカウンターがあって、その少し奥に古びたアンティーク調のテーブルセットが五つほどありました。最奥には、大小さまざまなガラスびんが並べられた大きなキッチンのようなカウンターと、扉があって、先程の二人はその扉の前に立っていたのでした。

しかし、ただ立っているだけではありませんでした。扉の前で、二人は熱烈なキスをしていたのです。こっちに背を向けているふみかちゃんの頭にはともやくんの手が、腰には腕がしっかりと巻き付いていて、ふみかちゃんはともやくんの背中に手を回していました。二人は頭の角度を小刻みに変えながら、私の存在になど気付かずに、唾液の交換活動に没頭していました。

私の頭の中は真っ白になりました。ゆるさない。ゆるさない。私のともやくんを汚さないで。

いつのまにか掌に、しっかりと固い感触がありました。それは、短剣でした。短剣に鞘は見当たらず、人間の眼球ほどの大きさをした綺麗な翡翠色の石がひとつだけ埋まっています。その石が、きらりと光りました。その瞬間、私の存在が息を吹き返えしたように感じました。私はふみかちゃんに向かって走りだし、その憎い胴体を、えいやっと凪ぎ払いました。

ふみかちゃんは赤ん坊のように喚きだし、その場に倒れ込みました。ひぃひぃ、惨めに喘いでいます。無様です。私は気持ち悪い上に煩くて汚いふみかちゃんなど見たくはないので、キスの仕返しに頭をしっかりがしがし踏んで、ともやくんに向き直りました。

ぽかんとした顔をしていたともやくんは、私と目が合うや否や、真後ろにあった扉の中に逃げ込みました。
私はすぐ後を追いかけました。

扉の先はサウナくらいの大きさのバスルームでした。どこもかしこも、白で統一されていて、唯一真ん中におかれた猫足バスタブの足だけが、鈍く金色に光っていました。

ともやくんは、なぜかその中にいました。眠り姫のように指を絡めて、バスタブの中に横たわっていました。うっとりするくらい、綺麗でした。私は思わず見いってしまいました。
じっと見ていると、ともやくんの唇が目に入りました。固く閉じられた唇。血色の良い唇。ふみかちゃんとキスをした、くちびる。

私の中の悪魔が、怒りの咆哮をあげました。

気がつくと、バスルームは真っ赤でした。辺りはともやくんの匂いで満たされていて、周りにはともやくんの血が飛び散っています。私の手も、顔もからだも、ともやくんのモノで真っ赤です。当のともやくんはと言うと、バスタブの中に赤くばらばらと沈んでいました。

私は、泣きました。手に、ともやくんをばらばらにした感覚がまだ、残っていたからです。私のしたことに、腹がたちました。もうともやくんは戻ってきません。彼に会うことはできません。
私は、ぬるぬると冷たくずっしりとした彼の頭部を抱えて、泣きました。泣きすぎて、声も涙も出なくなりました。私は重く疲れた瞼を閉じました。

それ以降、私の意識も戻りませんでした。





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