天使と悪魔
なぁ天使、俺は人間が嫌いなんだ。
……そうですか。
……ずいぶん素っ気ないんだな。
お前はどうなんだ、天使。
心のそこでは奴等を憎んでるんじゃないのか。勝手に俺達を作り出して、捨て行く人間供を
それについて、僕はあなたに反論もしませんし、賛成もしません。
ノリの悪いやつだな。
熱く議論でもして退屈を吹き飛ばしてやろうっていう、せっかくの俺様の気持ちを無駄にしやがって。
退屈、ですか。
そうですね。誰も僕たちを見ていない。
僕に祝福を求めない。貴方に契約を求めない。
僕たちはもう人間には不必要なんでしょうか。
不必要だろ。
誰が俺たちの存在を信じる?
……そうですね。
上から見てるとよくわかります。
文明が発達し便利になった代償に、人間は酷くつまらなくなった。
崇拝、取引、契約、懇願。
全部消えていっちまったな。
しょうがないでしょう。
彼らは僕たちに願うかわりに、救いを求めるかわりに、己の技術に頼るようになりました。
夢も何もない世界だな。
昔の子供は皆、雲は乗れるもんだ、虹は滑れるもんだ、と目を輝かせて信じていたのに。今じゃ科学的にはこうだ、あぁだ、の議論だぜ。
ですね。
現実世界から逃避し、幻想の中で世界を統べ、優越感を得るものばかり。
野望に満ちた猛者たちが幸運を神に願いながら乗り出していった時代は遠くなってしまいました。
……そろそろ、潮時か。
でしょうね。
諦めましょう。
僕たちは人間の勝手で作り出され人間の勝手で消えて行く。そういう運命なのですから。
けっ。勝手なもんだぜ。
夢を捨て現実しか見えなくなるとその先には破滅しかねぇぞ。
彼らには自らが作り出した、架空世界があるでしょう?
冷たく光るディスプレイに顔も見えない他人との馴れ合い。
そこに理想を求めて、束の間の幸せに浸っているんです。
ちっ。もう知らん。
せいぜい余生を大切にするんだな。
……気が変わりました。最期に貴方の問いに答えてあげますよ。
実をいいますと僕は、あの愚鈍で自分勝手な人間という生き物は案外嫌いではないのです。確かにつまらなくはなったのですが、嫌いにはなれないのです。
何故だ?
見ていて馬鹿馬鹿しいだけじゃねぇか。
確かにそうですが。
何故か放っておけないあの感覚が嫌いではない。
……まぁ所詮僕も人間の妄想の産物。元来の性質上、そういう思考に至ってしまうのもいたしかたないことなのでしょうね。
……いくのか。
ええ、お先に失礼いたします。
そうか。
悲しまないでくださいよ。
無に還るだけです。
悲しんでなんかねぇよ。
……やっぱいくのはお前からなんだなと思ったまでだ。
現代社会において天使なんて需要ないですからねぇ。
悪魔はまだ僅かに信仰されている。
呪いの手段として、ですが。
俺もじき消えるぞ。
……ふふ。待っていますよ。
待たなくていい。
……天使?
ちっ。ひとりになっちまった。
俺もじき、消えるな。
あばよ。せいぜい足掻け人間共。
ねみぃ、なぁ…………………………。
今出来上がった完全な現実世界。
古代の幻想舞台は幕を閉じた。
人間の滅亡まで、あと――日。
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