あなただから好きなのだ、と。 ただそれだけを伝える事が出来たなら、俺はもう死んでしまっても構わない。 「はぁ…」 小さく小さく溢したため息は、今にも雨が降り出して来そうなどんよりとした雲間に消えていった。 朝はカラッと晴れていたのに、いきなりこんな天気になってしまったものだから、当然部活は途中で切り上げ。まだ部活がしたいー!と叫ぶ遠山を部長が宥めて、もう中学1年生にもなった遠山の着替えを手伝っていた。一足早めに着替えを済ませた自称浪速のスピードスターが早う早う!と着替えを急かす。 「はぁ…」 何でもない日常の一コマ。そんな中、またもう一つため息が溢れた。 今日は丸井さんとデートの予定だった。別にしなくても良いと言ったのに、丸井さんは俺の話なんか一切聞かず、誕生日を直接祝ってやると勝手に意気込んでいた。そんな丸井さんの目には、嫌そうな、迷惑そうな顔をした俺が映っていたに違いない。自分でも分かっているし、部活の先輩達からも言われていたので少なからず自覚はあった。 俺は、素直じゃない。 本当は、そんな事を言ってもらえて嬉しかった。飛び上がってしまいそうなくらいに。けど、自分で作り上げてしまったキャラが、そうさせなかった。重苦しい空に、俺から吐き出されるため息が似合いすぎていて、最後にもう一つ溢してテニスバックを肩に掛けた。 「…先に、失礼します」 「おー!またな財前!」 「めでたか日がこげな天気になってしまったっちゃけど、おめでと光くん」 「…ッス」 俺の声に最初に気付いたのは謙也さん。その後で、見上げる程の大男が俺の頭をよしよしと撫でつけながらにこにこ笑った。 おめでとう、 その言葉を言って欲しかったのは、聞きたかったのは、この人からじゃ、ない…。 緩く髪を乱すその大きな手のひらを払って、部室のドアノブを捻って外に出た。一歩外に出た瞬間、滝のように降り出した大粒の雨に打たれたけれど、そんな事は特に気にならなかった。後ろで白石部長の焦ったような制止の声が聞こえたけれど、俺は気にせず歩き出した。もう、どうでも良い。 ただ一つ頭を過ぎったのは、太陽のような笑顔。ああ、あの太陽が、掠んでいく。空が、俺のココロが、彼の光を曇らせる。そんな事、一切望んではいない、のに…。 この角を曲がると家に着く。灰色の空、灰色の塀。今日はなんでこんなにも気分が重たく感じるのだろうか、 角の先、灰色の塀に背中を預けるようにしてちょこんと透明に遮られながらも主張する赤が、見えて…目の前に広がった光景に、ただただ息を飲んだ。 「、ひかるっ!」 「なん、で…っ」 「おめでとう、ひかる」 ああやっぱり、俺は彼を曇らせた。涙で滲んだ視界では、綺麗な笑顔を切り取ることも出来ない。細い腕、大好きなアルトボイス、感じる体温、眩しい赤。この冷えきった身体には、全てが鮮明に、彼を焼き付ける。 「……アホ、っすか、」 「へへっ」 嘘が下手な幼い僕ら (騙し騙され堕ちていこう) 綺麗にセットした髪は湿気によって下を向き、それを楽しそうに乱すあたたかな手。 今ならば、素直に笑えそうな気がする。 ***** 誕生日おめでとう光!丸井くんは、光が素直じゃない事くらい知ってるよ。それもひっくるめて好きなんだから。誕生日は、切から甘に変わる感じが好きでたまりません。丸井くんは財前くんの家の前で待ってたとか、そんな感じじゃないでしょうかね。(笑) 100720. |