「異三郎さんのご両親はどんな人なんですか?」

佐々木家に挨拶に行く少し前、そう聞いたことがある。彼は少し複雑そうに表情を歪めて言葉を探し始める。異三郎さんとご両親との仲があまり宜しくなさそうなのは前々から感じ取っていた。特別嫌いというわけでは無いらしいけれど、どちらかと言うとお互い干渉しあわない放任な家庭のような印象を受けていた。
たげど、これから嫁ぎに行く人の家族を知るのは婚約者としてはとても重要。そう考えて問いかけてみたのだ。

「母は、完璧主義です。私が幼少の頃から何をとっても文句のつけ所がない人でした。他人に厳しく、自分にも厳しいところがありました」
「異三郎さんによく似た方ですね」

違うか。異三郎さんがお母さんに似ているのか。やっぱり彼も人の子だったのかなんて内心少し笑ってしまった。

「父は、よく知りません。佐々木家の当主として多忙を極めていたようですから。顔を合わせても言葉を交わすことは少なかったのです」
「無口な人なんですか?」
「まあ、そうですね。だから、私は彼のことをあまり知らずに今に至ります」
「……なんだか、ちょっと勿体ないです」

率直な気持ちに、異三郎さんは復唱するように「勿体ない?」と言って首をかしげた。

「だって、せっかく血の繋がった家族がそばにいるのに……何気ない会話をして、笑いあって、たくさん時間の共有をしないなんて勿体ないなって思います」

私は、幼い頃に両親を亡くしたため、両親と仲の良かった親友夫婦に引き取られた。とても良くしてもらって何も不満もなかったけれど、やっぱり本音を言えない時もあった。息苦しく思う時もあった。
だから、ずっと実の両親がそばにいるのに心を通わせない佐々木家はもったいないと思ったのだ。
異三郎さんは私の生い立ちを知っているから、今の心境を汲み取ったのだろう。少し切なげに眉を下げ、私の方をそっと自分の方へ引き寄せた。そしてゆっくりと頭を撫でられ、子供に物語を読み聞かせるような優しい声で話し始める。

「……そんなこと、思ったこともありませんでした。私はあの家庭が当たり前で、それ以上もそれ以下も知りませんでしたから」
「異三郎さん、」
「そうですね。僅かではありますが疎遠な父のことでも、知っていることはあります」



「彼は曲がったことが嫌いな、正義感の塊のような人間です」



────目の前で腕を広げる大きな背中を見て、そんなセリフが脳裏に蘇った。

「もう止めるんだ、西園寺殿」
「お義父様……!」

銃を向ける男と私の間に入ってそういうお義父様。涙で歪む視界で見つめていれば、彼は視線だけを私によこして、柔らかく笑った。

「色々済まなかったね、菜々緒さん。こんなことに巻き込んでしまって」
「やめて下さい、お義父様……そこからどいてっ」
「これは私の罪滅ぼしだ。私が西園寺殿に協力を求めなければこんなことにならなかった。きっと異三郎には怒られてしまうな」
「何をごちゃごちゃ言ってるのよ。そんなに先に死にたいなら望み通りあなたから殺してあげるわ、異三次様」

西園寺さんが「撃ちなさい」と男に命じる。かちゃりと安全装置を解除する音が鼓膜を震わせる。だめだ。死なせたらいけない。異三郎さんのたったひとりの父親を。

「だめ……!」

震える足に鞭を打って、お義父様の前に立ちはだかった。西園寺さんが至極楽しそうな笑みを向けてるのが視界に入る。後ろで私の名を呼ぶお義父様の声が聞こえた。ごめんなさい、異三郎さん。それでも私は、貴方の家族を守りたい。

「終わりよ!」

西園寺さんの甲高い声が部屋中に響き渡る。私も死を覚悟して瞳をぎゅっと閉じた。脳裏に、彼の顔を浮かべながら。

……だけどどうだろう。いつまでたっても痛みどころか銃声すらも聞こえない。恐る恐る目を開けてみれば、見慣れた顔が、たくさん並んでいた。

「ボク銃の扱いとか出来ないんで無理ですー」
「剣を振ることしか脳がねぇ侍なもんで」
「俺は腰を振ることも得意だがな!」
「黙るネ万年発情期ゴリラ」
「神楽ちゃん今の敵はゴリラじゃないから。そんなにボコボコにしないであげて」
「ゴリラ、ドーナツ食べる?」
「銃の扱いが得意なのはテメェだろ。なあ、佐々木殿」
「ご冗談を。私が愛する人に向けるわけがないでしょう」

次々に聞こえてくる慣れ親しんだ声。万事屋のみんな。真選組の人たちに信女ちゃん

そして、

「迎えに来ましたよ、菜々緒」

心の中で名前を呼び続けていた、愛しい人。

「待ってましたよ……異三郎さん」
「迎えが遅くなってしまい申し訳ありません。この場所を特定するのに少し手間取ってしまったもので。背に腹は変えられないとこの貧乏庶民とバラガキ達に手を借りるハメになってしまいました」
「んだとコラ」

こんな状況でもいつも通りなみんなを見て、張り詰めた糸が緩んでいく。足に力が入らなくなり崩れ落ちそうになるところを支えてくれたのは、お義父様だった。感謝を述べれば柔らかな笑みを返してくれる。その顔はどことなく異三郎さんの影を感じさせた。やっぱり親子なんだなあなんて思って、内心笑ってしまう。
周りを見渡せば西園寺さんが連れてきた人たちは皆床に倒れ伏しており、残っているのは彼女だけとなっていた。

「西園寺さん……私はあのパーティの日に忠告したはずですよ。なのにそれを無視し、菜々緒に危害を加えた。勿論、死ぬ覚悟はおありなんでしょうね」
「おい」

異三郎さんのただならぬ物言いに、銀さんが宥めるように声をかけた。しかしそれに耳を貸すことなく一歩、一歩と西園寺さんに近づく異三郎さん。誰が見てもわかるほど、彼から憤怒の感情が溢れていた。

「あんな女、死ねばいいのよ」
「なるほど、命は惜しくないと。では良いでしょう。望み通り殺して差し上げますよ」

懐から取り出した拳銃。それを西園寺さんに向け、安全装置を外す。異三郎さんは冗談でやってるんじゃない。本気で、西園寺さんを撃とうとしている。人を、傷つけようとしている。
西園寺さんは出会った時から嫌な人だった。この人から嫌悪感と殺意しか向けられたことがない。それに今回のことを含め、一発は殴ってやらなきゃ気が済まないくらいには思ってる。
でも、そんな人でも、異三郎さんが人を傷つける場面なんて見たくない。

「異三郎さん」

ゆっくりと、一つ一つの音を丁寧に鳴らすように名前を呼んだ。

「異三郎さん」

もう一度彼を呼ぶ。するとようやくこちらに視線を向けてくれた。その目にはいつもの気だるさが見られず、ぎらぎらと鈍く光る殺意を感じた。そんな感情なんか消えてしまえと願いながらも、柔らかく微笑んだ。

「もういいの。だから、ね」

支えてくれていたお義父様から離れ、異三郎さんに近づく。そして、そっと彼が拳銃を握る手にそれを重ねる。

「……菜々緒」
「はい」
「貴女には、敵いませんね」

ふう、と短く息を吐き、銃をゆっくりと下ろしてくれた。私の意思を汲み取ってくれた彼に「ありがとう」と言って、その肩に頭を預けた。

それから、見廻組の隊員が西園寺さんを連行し、事態は終息した。最後まで恨みがましいような視線を向けられたけれど、私はただ悲しげな笑みを返すことしか出来なかった。
彼女はだいぶ歪んではいたけれど、異三郎さんを愛していただけだ。根底は一緒なのに、違う道へ逸れてしまった西園寺さん。同じ感情を持った者として、彼女の未来がせめて少しでも明るくなることを願わずにはいられなかった。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -