夢うつつな私の脳に固定着信音が鳴り響く。夢と現実の狭間を彷徨うこと数秒、漸く現実だと確信できた。音源は忌々しい携帯からで、この携帯を鳴らすのは一人しかいない。布団の中から手を伸ばし、頭上に置いてあった携帯を手に取り開いてみると、想像通り彼からの電話だった。時計を見ると朝の四時。私の頭に浮かんだのは「おかしい」だった。
彼のメールや電話の数は確かに半端なものではないけど、深夜や早朝等に来ることはない。エリートは常識を弁えていると言いたいのかと思っていた。
もしかしたらものすごく重要なことかもしれないと思い、とりあえず電話に出ることにした。
「…はい」
「おはようございます、菜々緒さん。その声からすると、寝起きのようですね。起こしてしまい申し訳ありません」
「申し訳ないと思うならこんな時間に電話かけないでもらっていいですか」
「何の用ですか」と用件を言うようせかすと、「いえね」と話し出す佐々木さん。
「私は就寝後に夢を見るということはほとんどないのですが、今朝は珍しくそれを見たのですよ」
「……は?」
え、なに…夢?重要なことだと思っていた私は予想外の事に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。彼は夢のはなしをする為に私の安眠を妨害し、早朝4時に電話をかけてきたというのか。何という迷惑な奴。思わず怒鳴り散らしてやろうかと考えたけどそんな気力もなく、大人しく彼の声に耳を傾けることにした。
「その夢の内容は貴女が9割を占めていまして、私としてはとても素敵な夢でしたよ」
「へー。ふーん。それはよかったですねー」
「しかし、最後は貴女が…私から離れていってしまいました」
「……」
「これがこのような非常識な時間に電話を掛けた理由です」
「だからなんだよ!!」
気力はないといったが、やはり耐え切れず突っ込んでしまった。正直「え、それで?」という内容だった。とっても反応に困る。しかしこのエリート様は何をそんなに真剣な声で言っているのだろうか。全く理解できない。佐々木さんは突っ込みを入れた私に「そういうと思いましたよ」と冷静に返してきた。
「私の柄ではないのでこんなこと言いたくはなかったのですが。何分私も人間でして。一応寂しいという感情を持っているのですよ」
「え、寂しかったんですか?」
「ええ。寂しかったんです」
「いけませんか?」といった風にそう言う佐々木さんに言葉が詰まる。出会ってからそれなりの月日は経っている。その中で少しは佐々木異三郎という人間を知ってきた。私の知る彼は感情を顔に出さない故に、喜怒哀楽を感じない人間だと思っていた。そんな彼から「寂しい」という言葉を聞いて、心の中にある感情が芽生えた。
なんか、可愛くない?
「…佐々木さんにも可愛いところがあったんですね」
「可愛い?私はエリートですから、その言葉はまったく嬉しくありませんね」
「エリート関係なくない?」
「…詰まる所、今すぐあなたに会いたいのですが」
「なんか話がぶっ飛んだんですけど」
「飛んでなんかいませんよ。私は早く安心がほしい」
「…どうせ来るなと言っても来るんですよね?」
「よくお分かりで」
「はあ……うちには高級なお茶なんてありませんけど」
「結構です。こちらで手土産としてお持ちします」
「嫌味か」
「菜々緒さん」
「…まだなにか」
「愛していますよ」
「では後程」と切られた電話。思わず固まってしまった私が動き出したのはチャイムの音が聞こえてからだった。
(おや、まだそのような恰好だったのですか)
(…誰のせいだ)
04 寝ても覚めても愛しています