ガラス越しに見た彼は蒼白としていて、くらりと眩暈がした。
集中治療室から出てきた後、病室に移動された異三郎さんの意識は未だ戻らない。刀で刺された傷は急所から外れていて命に別状はなかったのだが、毒が盛られていたために危険な状態にまで陥ったのだと隊士の方が教えてくれた。
現在城では争いが起きているらしく隊士の方たちは再び城内に戻らなければいけないと、病院を去って行った。のぶちゃんも、まだ城内にいる。
病室に一人残った私は、ベッドの隣にある椅子に座って、異三郎さんの顔を見る。
久しぶりに会えたと思ったら、何なの。いつも白いのに、より青白い顔を見て涙が出そうになる。
どうして。どうして目を開けてくれないの。
そっと、異三郎さんの手を握る。…冷たい。頬に持っていって触れてみると、余計に温度差を感じる。
「…異、三郎さん」
貴方は、何回私を泣かせれば気が済むの?頬を伝う涙が異三郎さんの手を濡らす。
何よ何よ、エリートのくせに。
いつもみたいにしつこいくらい構ってよ。
いつもみたいに携帯片手に笑ってよ。
いつもみたいに、いつもみたいに、
「目、開けてよ、異三郎さん…」
最初はあんなに騒々しく思っていたのに、今となっては異三郎さんのいない日常が考えられない。こんなにもあなたに依存してる。そうしたのは貴方のせいだよ。
もう、異三郎さんが隣にいない人生なんて、そんなの、考えられない。
「また、泣いているのですか」
「…!い、さぶろうさん」
「泣かせたのは、私、ですね」
頬に触れていた手が、ゆっくりと私の涙をふき取る。優しく、優しく。だけど拭えど次々と涙があふれてくる。
「バカ…バカ異三郎」
「貴女に馬鹿と言われるのはもう慣れました」
「心配、かけて」
「申し訳ありません」
「死んじゃうかと…思った」
「勝手に殺さないでください」
そういって急に体を起こすもんだから慌てて支えようとすると、そのまま異三郎さんの腕に抱きしめられていた。いつもはふわりと包み込むように優しく抱きしめる彼が、今は強く、痛いくらいに抱きしめてきた。
「貴女を置いて死ぬなんて、ありえません」
「…口だけのくせに」
「おや、信じていただけませんか…それは困りましたねえ」
一度腕の力を緩ませ、顎に手を添えて暫し考えていた異三郎さんだが、何を思ったのか唐突に私の頬を両手で包みこみ、口づけをした。柔らかいその感触に思わず目を見開いた。
「なっ」
「この口づけに誓います」
「…なにそれ、クサい」
「すいません。一度言ってみたかったもので」
「そんなこと言えるくらい元気なんですね」
ははは、と一頻り笑った後、「はい」と綺麗に畳まれている隊服を彼に差し出す。
異三郎さんは私の行動が意外だったのか、驚いたように私をみた。
「まだ仕事は終わってないんですよね。どうせこの後、私にも内緒で抜け出そうとか思ってたんでしょ」
「やれやれ…貴女には敵いませんね」
「異三郎さんの考えなんてお見通しですよ。…ただし、一つ条件があります」
そう、たった一つ。それさえ守ってくれれば、何もいらない。
「生きて、帰ってきて」
「…言ったでしょう、貴女を置いて死なないと」
今流している涙は何なのか。やっぱりそれは彼が私の前からいなくなってしまうかもしれないという不安から。
でも、私は異三郎さんを信じる。
だから、笑って見送らなきゃ。着物で涙を拭って今できる最大の笑顔を彼に向けると、彼はすごく優しい目で私を見つめた後、「いってきます」といって病室を出ていった。
暫く病室の中に立ち尽くしていると、聴き慣れた着信音が静かな室内に鳴り響いた。
[ 私が無事あなたの元に帰ったら
結婚してください ]
…普通、メールで言う?だけどそれが凄く異三郎さんらしくて、一人笑って返事を打つ。
返事なんて、そんなの決まってるでしょ。
[ よろこんで ]
ずっと、ずっと待ってるよ、異三郎さん。
END