エリートと凡人


10あなたっていう人はこれだから









あの後、気絶するように私の方に倒れてきた佐々木さんを吹き飛ばして屯所を出てきてしまった。

うそ…え、夢だよね。幻だよね。冗談だよね。

必死にそう思うけど唇にはまだ熱が残っている。あの柔らかな感覚も、熱い吐息も。

思い出して顔に熱が集まり、布団たたきをしていた手に力がこもる。

…あれから一週間。佐々木さんからのメールも電話も相変わらず掛かってくる。だけど今佐々木さんの声を聴いただけでどうにかなってしまいそうだ。仕事がたまっているせいか家にまで押しかけてこないのが唯一の救いだ。

このままじゃいけないのに。でも、どうすればいいんだ。誰か教えてくれ。頼むから。




「菜々緒さんいつまで仕事してんでィ。もう勤務時間過ぎてますぜ」

「沖田くん…」

「あらら、なんだか元気がありませんね。なにかあったんですかィ」

「…ははは」




年下の彼に「好きな人とチューして顔が合わせられないの」なんて小学生みたいなこと言えるはずもなく笑ってごまかして家路についた。

歩きながら携帯を開くとメールが大量に届いていた。差出人は全部佐々木さんで、メールを返さない私を心配する内容ばかりだ。どうしよう…メールくらいは返さないと心配させてばかりだよね。もう少しで家に着くからゆっくり考えて返事を返そう。そう思いぱたりと携帯を閉じて前を見ると、家の前に白い服を身にまとった人が立っていた。あんなすぐ汚れそうな服を着ているのは、あの人しかいない。






「佐々木、さん…!?」

「おかえりなさい、菜々緒さん。先日はどうもありがとうございました。お蔭で2、3日で復帰することが出来ました。そのお礼にとメールを送っていたのですがここ1週間あなたからの返信がなくとても心配しましたよ。電話にもお出にならないですし。もしかしたら私の風邪が移ってしまったのではないかと様子を見に来てみましたがどうやらそういうわけでもありませんね」





「理由をお聞かせ願えますか」と息継ぎなしにそう捲し立てられた。今まで佐々木さんが怒っているところなんて見たことないけど、分かる。彼は、本気で怒っている。
そんな佐々木さんを脅えた目で見てしまった私にハッとしたように目を開き、深いため息をついた。





「…すいません。私としたことが、頭に血が上ってしまったようです」

「い…いえ」

「ただ、貴方の身を按じていたことは本当です。分かっていただけますか」

「はい…」





佐々木さんが優しく私の頭に手を置く。触れたところからじわりじわりた微かな温もりを感じ、安堵した。さっきよりも優しく「理由を教えてくれますかと」言う佐々木さんに思わず口を開いてしまった。





「だって…佐々木さんが、」

「私が?」

「き…」

「き?」

「…キス、したから」

「……」

「……」

「……」





真っ赤であろう顔を上げて佐々木さんの顔を見ると彼はものすごく驚いた顔をしていた。それから、思い出すように真剣な顔で考え込む。…まさかとは思うけど。え。





「覚えて…ないんですか」

「…私が、貴方に……信じられません」




こっちが信じられないわああああああ!!!!じゃあ何、相手は覚えていないことを私は頭が爆発しそうになるまで考えて考えて悩み続けていたってこと…?ふつふつと湧いてくるのは愛しさでも悲しさでもない、怒りだった。





「自分から勝手にしてきたくせに……そんなのないでしょ!」

「…待ってください、菜々緒さん」

「私がどんなに悩んでこの1週間過ごしたか佐々木さんには分からないですよ!」

「菜々緒さん」

「こんなの、私…馬鹿みたいじゃん…!」

「菜々緒さん!」




聞いたことのない佐々木さんの大きな声に顔を上げた瞬間、唇に柔らかいものが触れる。あの時と、同じように。

身を捩って離れようとするけど腰と頭の裏を抑えられ、それは叶わなかった。




「さ、さきさ…ん」

「……これで同じですね」

「…は?」

「私もあなたの口づけをしっかりと覚えています。感覚も、熱も」

「……馬鹿じゃないの」

「馬鹿ではありません、エリートです」






ぎゅっと優しく抱きしめられ、私は只々泣いた。佐々木さんはただ黙ってあやす様に頭を撫でてくれている。

なんで泣いてるのかわからない。嬉しくて、恥ずかしくて、いろんな感情が渦巻いて混乱している。

…そう、混乱してたんだ。だから、言ってしまったんだ。






「…好き」






私の頭を撫でていた佐々木さんの手が止まる。私も無意識に口にした言葉に驚いた。え、いま、なんていった?

同時に体を離してお互いの顔を見合わせる。佐々木さんは驚いたように目を見開いて私を凝視している。私はただ顔を真っ赤にして彼を見ることしかできなかった。





「い、今のはなし!」

「あなたという方は…なんでいつもこう唐突なんでしょう。忘れられるはずありません、こんなにうれしい言葉を…」

「〜〜〜!」

「菜々緒さん、もう一度言っていただけませんか」

「言うかバカ!」

「私も好きですよ、貴方の事が」

「聞いてません!!」






また抱きついてきた佐々木さんを押し返そうとするけど、すぐにやめた。やっと気持ちを伝えられたことが、こんなにも嬉しい。

佐々木さんに抱きしめられるのが、こんなにも、嬉しい。

本当に彼のことを好いているのだと実感し、幸せでいっぱいになった。













結局私たちは佐々木さんの部下の方が迎えに来るまで、外で抱き合っていた。









(このままあなたを離したくないと)
(本気で思いました)












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