今日は女中のお仕事がお休みで、家でゆっくりとDVDでも見ながらゴロゴロと過ごしていた私に彼から電話がかかってきた。
な、何の用だろう。なんかドキドキする。高揚する気持ちを必死に抑え、通話ボタンを押す。
「も、もしもし!」
「…菜々緒」
聞こえてきたのは予想していた声ではなく、高く可愛いらしい声だった。
「菜々緒」
「のぶちゃん!佐々木さんが風邪って本当?なんかの間違えじゃない?だってあの人風邪ひきそうにない感じじゃん。エリートは風邪ひかないとかいいそうじゃん!」
「おちついて」
電話が来てすぐに見廻組の屯所へ着た私は、門の前で出迎えをしてくれたのぶちゃんにそう捲し立てた。電話の内容は「異三郎が風邪ひいた。来て」だった。のぶちゃんらしい簡潔した台詞ではあったが、私を驚かせるには充分な要素盛りだくさんだ。なんせあの佐々木さんが風邪という病にかかったからだ。
思い返してみれ、仕事が忙しくて寝れていないとメールで言っていたような気がする。きっと、疲労がたまりにたまってオーバーヒートしてしまったのかな。…エリートエリートとは言っているけど、彼も只の人間なんだと思い、なんだか安心した。
「異三郎の部屋に案内する。ついてきて」
「ていうか、なんで私に教えてくれたの?のぶちゃん」
「医者に診てもらって薬はもらったけど、看病する人がいない。異三郎自身も人を寄せ付けようとしていない」
「のぶちゃんは?」
「めんどくさい」
「あ…あはは」
少し佐々木さんが可哀想に思った。
真選組の屯所とは比べ物にならないほどの広い見廻組の屯所内を歩くこと数百m。漸く佐々木さんの部屋に着いたようだ。このドアの向こうに彼がいると思うと一気に体が固まる。あーなんか緊張してきた!一人ドキドキしている私なんかに構うことなく、のぶちゃんはノックもなしに扉を開けて中に入っていく。え、いいのかな。
戸惑う私に中から手招きをしたのぶちゃんにおずおずとついて入ることにした。
お邪魔しまーす…と遠慮がちに部屋へ足を踏み入れると、ベッドで上体を起こしていた佐々木さんは目を見開いた。
「な…、信女さん…あなたという人は…」
「異三郎、会いたいと思って」
「状況を考えてください」
「なに」
「こんな姿、彼女に見られたくないとしっかり説明したはずですよ」
何やら二人が言い合いをしているが私には届かない。もしかして、突然押しかけてきて迷惑だったかな。風邪ひいてるし、体もしんどいと思う。これは…帰った方がいい感じですかね。一応空気読める子ですから、私。
「あのー…迷惑なら、帰りますよ」
「…迷惑なわけもありません。どうぞ、ゆっくりしていってください。おもてなし出来ないのが残念ですが」
「私、佐々木さんの看病に来たんですよ?佐々木さんは体を休めることだけ考えてください」
「看病…?あなたが、ですか」
「…なんです、いやなんですか」
「とんでもありません、私としては嬉しい限りです」
「私仕事に戻る。菜々緒、異三郎をお願い」
「え、のぶちゃん!」
のぶちゃんは私の引き留める声を聞き流し、部屋から出ていってしまった。ど、どうしよう。いきなり二人っきりになるとは思わなかった。まだ心の準備できてないよ。
すでにこの場にいないのぶちゃんを少し怨めしく思いながらも、頼まれた仕事をしようと思い、取り敢えず佐々木さんのいるベッドへと近寄った。
携帯を弄りだす彼にあきれながらも声をかけた。
「熱はどのくらいなんですか」
「…さて」
「いや、さてじゃないよ。じゃあ今計ってください」
体温計を差し出すと佐々木さんは渋った顔をしてからそれを受け取り、脇の下へと挟める。それを確認してから私は佐々木さんに言って台所を借りることにした。「何をするんですか」と聞かれたが「秘密です!」と答えといた。道のりもしっかり聞いて。無駄に広いから何度か迷いながらも他の隊士さんたちに道を伺いながら台所(…というか、厨房?)にたどり着き、素早く料理を済ませる。勝手に材料を使ってすいません。食器を借りてすいません。でも、みなさんエリートなので許してくれると信じてます。
数分して部屋に戻ると、佐々木さんは書類を片手にこちらを見て「おかえりなさい」といった。いやいやいや。
「ちょ、佐々木さん!風邪の時くらい仕事は休んでくださいよ!…って39℃!?尚更横になってないと!」
「いえ、これしきの風邪で休むわけにはいきません」
「もー変なところで頭固いんだから。はい、書類置いて。これ、食べてください」
書類を奪い、その代わりにお盆に乗った小鍋と蓮華を置く。なんですか、コレ。と言いたそうな視線に驚きはしない。予想通りの反応だ。
「おかゆです。風邪をひいたときにはみんな食べるものです」
「…それくらいエリートの私でも存じでいます」
「そうですか。あの…こんな庶民の食べ物は嫌いですか?」
「嫌いとは言っていないでしょう」
頂きます。と行儀よくおかゆを食べる佐々木さんに思わず笑みがこぼれる。食材がみんな高級のものだったのもあると思うけど、「おいしいです」といって全て食べてくれた。それが嬉しくてまた笑う。佐々木さんには申し訳ないけど、看病させてもらってよかった。新しい佐々木さんがまた増えていく。のぶちゃんに感謝だな。
食事の後にお医者さんに処方してもらったという薬を飲んでもらってから強制的に横になってもらう。少し不満そうな顔をしていたけども。
「携帯も没収します。集中して休んでもらいたいですから」
「…あなたは私に死刑宣告をしているのですか」
「いやいやどんだけ携帯に依存してるんですか。はい、早くください」
「いやです」
「子供か!」
一向に携帯を話そうとはしない佐々木さんにだんだんイライラが募る。この我儘坊ちゃんめ…。こうなったら強行手段だと手を伸ばした瞬間、佐々木さんの携帯から着信音が鳴り始める。どうやら電話だったようで、私にお構いなしに通話を始める。仕事の話かもしれないから電話が終わるまで大人しくしていたけど、携帯を閉じた途端ベッドから出ようとするものだからびっくりした。何考えてんのこの人!
「ど、どこ行くんですか!」
「ホシが動き出したようなのでそちらに向かいます」
「何言ってるんですか!そんな体で無茶ですよ!」
「無茶ではありませんよ。エリートにできないことはありません」
「何その自信過剰!だめったら駄目です!」
「いくらあなたの言葉でもこれに関しては聞くことが出来ません」
「この頑固者!」
「頑固で結構」
暫くにらみ合いは続く。佐々木さんの仕事がどれだけ大事か分かってるつもり。市民を守る仕事だから。だけど私はただ佐々木さんの体が心配だから、無理してほしくない。私はそういう自己中心的な人間なのだ。佐々木さんがこの思いを知ったら呆れるだろうけど。
「佐々木さん、お願いだからベッドに戻って」
「聞けない願いです。そこを退きなさい」
私の肩に手を置き、押し避けようとした佐々木さんはその勢いで床へと倒れ伏した。驚いて佐々木さんの名を叫ぶが、返ってくるのは荒い息遣い。だから言ったのに!急いで佐々木さんの腕を自身の肩に回し、ベッドまで運ぼうと奮闘する。平均的な体格の私が男性を運ぶなんて至難の業だ。
それでもなんとかベッドまで引きずることに成功した。凄い汗…きっとさっきよりも熱も上がってるはず。まずは着替えさせないと。その前に一先ずベッドに寝かせよう。そう思い佐々木さんを横にさせようとすると、いきなり腕をひかれた。
「うわっ」
ぼすり、寝心地の良さそうな柔らかいマットレスに体が埋り、驚きで見開いた目には佐々木さんの顔がいっぱいに映る。先ほどまで固く閉ざされていた瞳は今はしっかりと開かれていた。今までにないほど真剣な表情で、私を見つめている。
「ささきさん…どうし、」
どうしたんですかと聞こうとする前に、私の唇は佐々木さんの熱いそれで塞がれた。