エリートと凡人


08それは本心、それとも









あの事件から1か月が過ぎようとしていた。私の傷もすっかり良くなり、女中の仕事を元気に全うしている次第であります。

真選組屯所の庭に落ちている枯葉を箒でさっさか掃いているといつものように携帯が鳴り始める。

慣れた手つきで携帯を開くと、彼からのメールが届いていた。



[ナナたんおはヨ
最近冷えてきたネ
のぶたすもコタツから出てこないから
大変だお(^_^;)
ナナたんも体調管理には気を付けてネ]





なんだか最近はこのメールが楽しみで楽しみで仕方なくなってしまった。恋とは恐ろしいものだ。こんなにも人を変えてしまうのだから。返信画面に移り、返事をカチカチ打っていると後ろから声をかけられた。





「おい菜々緒テメーまたサボりか」

「ぎゃああ土方さん!」

「にやにやしながら携帯いじりやがって…あいつからのメールだろ?前とは違って随分と嬉しそうじゃねーか」

「う、嬉しくないですよ!」

「どーだかな」





自分からきいてきた割にはさして興味がなさそうに煙草を吹かす土方さんはどっかりと縁側に腰掛けた。監視でもするつもりかコノヤロー。メールは後で返そうと着物の袖口にしまうとまた箒を掃き始める。




「…傷は、もう大丈夫なのか」

「何日前の話をしてるんですか。もう完治しましたよ」

「…そうか」





土方さんの紫煙を吐き出す息遣いと、私の箒を掃く音だけがこの空間を支配する。時折吹く冷たい秋風が私たちの間に吹く。身を震わし、摩擦で手を温めていると、土方さんがこちらをじっと見ているのに気づく。





「…監視しなくてもちゃんと仕事しますよ」

「違ェよ。…菜々緒、ちょっとこっち来い」

「え」

「休憩だ、休憩」




そういって己の隣を指す。鬼の副長から休憩という言葉が聞けるとは。何か裏でもあるのかとじっと土方さんを見ていると、考えが伝わったのか「何もしねえから来い」と言われたので箒は立てかけてしぶしぶ隣に座った。




「お前、佐々木の事が好きなのか」

「は!?いきなりなにいってんの土方」

「なんで呼び捨て?…お前は真選組が出来て以来ここで俺らを支えてくれている。近藤さんも俺も、お前のことは妹のように思ってる。総悟に関しては姉のようにお前を慕ってる」





話の意図が見えなくて首をかしげるも、言ってくれる言葉が嬉しくて少し照れてしまう。顔を赤くして笑う私に、土方さんも珍しく優しい笑みを見せてくれた。




「つまりは、だ。お前をみんな大切に思っている。だが、お前はいずれここを出る。その時にお前をしっかり守ってくれる奴じゃねーと誰も納得しねえ。もちろん、俺もだ」

「は、はい」

「俺は奴の事が死ぬほど嫌いだ。お前をやるなんて本当は死ぬほど嫌なんだよ。だが、お前の気持ちを優先してやりてェんだ」







「佐々木のこと、好きなのか」
もう一度、同じ質問を問いかけられた。土方さんがどれだけ佐々木さんを毛嫌いしているのかは知っている。鉄之助くんのことがあるからだろう。私はあまりそこのところは詳しく教えてもらえなかったけど、佐々木さんが酷いことをしたとだけ聞いた。その先入観からか、最初佐々木さんに話しかけられたときは冷たい態度をとってしまったことを思い出す。

だけど、今は佐々木さんに話しかけられただけでもうれしいと思う自分がいる。この気持ちに嘘はつきたくない。





「好きです」

「……」

「好きなんです、佐々木さんのこと」

「……」

「好きなんですって」

「聞こえてるっつーの!!」





何回も恥ずかしいこと言ってんじゃねえと殴られた。軽くだけど。だって聞いてきたのは土方さんだもん!!頭を摩りながら土方さんを睨むと逆に睨み返された。なんて理不尽な人なんだ。




「それ、佐々木は知ってんのか」

「知らないですよ」

「言わねえのか」

「まだ、自信がなくて」

「自信?んなの必要ねーだろ。あいつはもう、お前にゾッコンだぞ」

「…佐々木さんは名門の生まれで、見廻組の局長で、抱えるものが大きい。それを支えられる自信がないんですよ」



そう言ったら、土方さんは何かを考えるように動きを止める。しばらくすると再びこちらに視線を向けた。とても、真剣な目で。




「おまえ、それ、言い訳だろ」

「言い訳?」

「ただタイミングがねーだけだろ」

「ぐっ」

「いつもやつからの好意を跳ねのけてきた分、どう素直になっていいかわからねーんだろ」



図星をつかれた。そう、私の性格上いきなり素直になるのは無理な話だ。あれだけ冷たくしてきたから尚更その反動が大きい。

それに、少しの恐怖がある。

佐々木さんの気持ちの真意も、ここから離れることへも。

だけど、それでも、私は。

病院で顔を少し赤らめて好きだと言ってくれた彼を信じたい。







「女は度胸、です!!」

「日本語しゃべれや」

「マヨ語しかしゃべれない人には言われたくありましぇん」

「よし、そこに立て。今すぐ切り捨ててやる」

「よしてください土方さん。彼女は私の大切な人ですから」





二人でしゃべっていたはずなのに、声が一つ増えた。驚いて声のした方を見ると、そこには佐々木さんがいた。土方さんも予想外な人の訪問にさぞかし驚いている様子だ。





「さ、佐々木さん!」

「菜々緒さんの返信が遅かったので心配して此処まで来てしまいましたというのは嘘で、たまたまこの近くに用があったので寄っただけです」

「最初嘘つく意味なくないですか」

「私の小粋な冗談です」

「だからいらないですって」

「それは残念ですね」





なんだかおかしくて笑う私を土方さんは複雑な目で見たあと、「付き合ってられねー」と言って廊下を歩いて行った。

数歩進んでから歩みを止めた土方さんの背中を不思議そうに見ていると、ぽつりと言葉をこぼした。






「菜々緒泣かしたらただじゃすまねーぞ、見廻組局長殿」

「…ええ。心しておきますよ。土方さん」




それだけ言うと土方さんは再び歩いていき、自身の仕事部屋に戻って行った。なんだったんだろうと思考を巡らせていると肩に手を置かれ、現実に戻ってきた。





「土方さんとなんのお話をされていたのですか」

「…なんだっていいじゃないですか」

「よくありません。このままでは私の嫉妬心が大変なことになりそうです」

「…秘密!」




べーっと舌を出してやると鼻を抓まれた。まさか佐々木さんの話をしていたなんて言えるわけないでしょ!!!





(ていうか鼻痛い!!)

(これは罰です)




08 それは本心、それとも







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