目を覚ますと、佐々木さんの顔で視界が埋め尽くされていた。ぱちぱち、とお互いに瞬きをしながら見つめあうこと数秒、先に口を開いたのは佐々木さんの方だった。
「おや、目を覚ましましたか」
「……なにしてるんですか」
「いえね、エリートらしくスマートに寝込みを襲わせていただこうと思いまして」
「警察呼ぶぞ」
「私、これでも警察なんですけどね」
しかもスマートに寝込みを襲うってどういうことだと突っ込みを入れたかったけど今の私にそんな元気もなく、はあ、とため息を吐いた。佐々木さんは顔を話すとベッドの横に置いてあった椅子に姿勢よく坐る。
「それで…なんでここにいるんですか」
「随分な言い方ですね。私はあなたのことが心配だったのでこうして職務怠慢という名目を背負ってまでも看病していたのですよ」
「職務を怠慢するな税金泥棒!」
思わずそう叫ぶと、左肩や腕にズキリと鋭い痛みが走る。思わず唸ると佐々木さんは少し真剣な顔をして私の右肩に手を置いた。
「暴れると傷口が開きますよ。なんせ昨日の夜から半日しかたっていませんから」
「誰のせいですか…」
そう、まだ半日しかたっていなかったんだ…。昨日の出来事が走馬灯のように駆け巡る。絶望や恐怖、痛み…そして、佐々木さんの腕に包まれた時の安心感。
全部鮮明に思い出せる。気づいてしまった気持ちも。全部。
そっと佐々木さんの方に視線を向けると、予想通り視線が合う。
「菜々緒さん。私は貴女に謝罪しなければいけないことがあります」
「え?なんですか」
「私たちエリートは迅速な事件解決を図り尽力しましたが、それでも多少な時間は必要でした。なので彼ら攘夷志士との会話で時間稼ぎをしようと目論みましたがそのせいであなたに傷を負わせてしまった」
「…?」
「あの場であなたが私にとって一番の弱みだと気づかれては貴女がそれ以上の危険な目に合うと考えたのですが…結果的には、」
「あーもーいいですよ!」
長々と弁舌をしていた佐々木さんの台詞を割ってそういうと、彼は大人しく口を閉じた。なんだか今日の佐々木さんは変だ。一見いつも通りなんだけど、自分への自身に溢れた態度が見えない。そう思った。
佐々木さんは私が怒ったのだと勘違いしてしまったのか、次の謝罪の言葉を探すように視線を下げる。そんな佐々木さんに私は優しく言った。
「佐々木さんが私が人質として効力がないっていったときね…なんて野郎だ!って思った」
「……」
「いつも好きだなんだって言ってくるくせに所詮その程度だったんだな、とも思った」
「……それは」
「私のために嘘をついてくれたんですよね。たくさん作戦を考えて私を助けようとしてくれたんですよね。そして、私が死なずに済んだのは、佐々木さんのおかげ」
だから、
「ありがとう」
自然と笑顔でそう伝えることが出来た。いつもしつこく付きまとわれるから佐々木さんに笑顔なんて見せたことなかったんじゃないかな。そう思いながら笑顔で佐々木さんを見ていると、彼は大層驚いたように目を見開いたままこちらを見ていた。固まったといってもいい。そんなに意外だっただろうかと思い佐々木さんを見上げていると、彼は掌で顔を覆い始めた。これじゃ表情が見れない。
「ど、どうしたんですか、佐々木さん」
「いえ」
「だったらその手、どけてください」
ゆっくり、手を膝の上に戻した佐々木さん。いつも通りの無表情なんだけど…
「あれ、ちょっと顔、赤くない?」
「なにを仰っているのですか。エリートは例え意中の相手の笑顔を見てときめいたとしても赤面なんてしません。これは、そうですね、あなたの裸体を想像したので興奮したためです」
「それただの変態だから!」
せっかくいつもと違う佐々木さんが見れたと思ったのに普段通り切り返してくる佐々木さんに落胆してしまった。好きな人の新たな一面が見れただけでこんなに嬉しいなんて…私も相当乙女だったんだな…。そんなことを考えていると、佐々木さんがさっきのように顔を近づけてきた。
「だ、だからなんなんですか!」
「原因は貴女にあります。恨むなら自分を恨みなさい」
「意味わかんない!はーなーれーろー!」
「好きですよ菜々緒さん」
「そんなの聞いてねえええ」
ぐいぐい、と右腕だけで佐々木さんの体を押す。好きだって気づいたんだけど…なぜか逃げたくなる。
まあ片手で押しのけられるはずもなくびくともしないわけで。
私の心臓がいつまでもつのか心配になる今日この頃。
(今日はこの辺で。そろそろ職務に戻らなければいけませんから)
(は、早く行ってください!)
(…)
(!!な、ななな!)
(額にキスぐらいいいじゃありませんか)
(ぶっ殺す)
07 なぜか逃げたくなるの