菜々緒に銃が向いた瞬間、見廻組隊士が局長の合図で砲弾を撃ち込んだ。異三郎が見ていた映像に煙幕が全体に広がり、軈て中継が途絶えた。車内でやり取りしていた異三郎は外に出て、廃ビルを見上げる。その時、後ろからパトカーが数十台土煙を上げて止まる。その車から出てきたのは見廻組とは対象の、黒の集団が血相を変えて降りてきた。
「テメェ佐々木!!菜々緒はどこだ!!」
「落ち着いて頂けますか土方さん。たった今我が隊が突入したところです。幸い彼ら攘夷志士グループの残党は精々10名程度。惨事にはならないでしょう」
「そうじゃねえだろ!!」
土方が鬼の形相で異三郎に掴みかかる。そんな土方を異三郎は冷たい視線で見下ろす。近藤が土方を止めようと声を上げるが完全に血の上った彼には届かない。
「テメェがいい加減な気持ちであいつに関わるからこんなことになんだろーがよ」
「いい加減な気持ち?失礼ですね、私は本気ですよ」
「テメェは!菜々緒を只の暇つぶしの道具として関わってるだけだろ!」
「勝手なことばかり言わないでいただけますか」
「じゃあ、あいつがこんな目にあってるっつーのになんで冷静なんだ!」
「冷静でいなければ助けられるものも助けられませんよ」
一発触発なムードを壊すように軽快な着信音がその場に流れる。異三郎は胸倉をつかまれたまま、電話に出た。
「はいもしもし、さぶちゃんですけど」
「局長、攘夷志士10名全員捕縛しました」
「ご苦労様です」
「…ただ、なかに女性が倒れていました。出血が酷い状態です」
「!…そうですか。私もそちらへ向かいます。決して彼女に触れてはなりませんよ」
電話に出た途端に表情が一変した異三郎に、土方は目を見開いた。そんな土方をお構いなしに手を振り払い、廃ビルの中へ歩き出す。暫し放心していたが、俺たちも行くぞとの土方の声に近藤、沖田が頷いた。
肩と、腕が、焼ける様に熱い。だけどそこには痛みはなくて、只々熱を持っていた。意識が朦朧とする。その中で確認できたのは、白い集団が攘夷志士を捕まえたことだけだ。その白い集団の中には、彼はいない。何人かの隊士が大丈夫かと声をかけているけど、言葉を発するのも億劫で、私はただ呼吸をするので精一杯だった。だんだんと声が、遠のいていく。このまま意識を失ったらもう二度と覚まさないんじゃないかと思うと、怖くて仕方なかった。それほどに血を流している。
周りが動揺した声が聞こえ、私の体は優しく起こされた。あったかくて、安心できる。この腕は、だれ?ゆっくりと目を開くと、そこには心の中でずっと待ち続けていた佐々木さんがいた。
「しっかりてください、菜々緒さん。すぐに病院に連れて行って差し上げますから」
「……さ、さき…さん。離れて…血が、服に」
「構いませんよ。この程度の血痕、カレーうどんのシミに比べたらどうってことないものです。安心してください」
「……ばか」
「馬鹿ではありません。エリートです」
そういうと佐々木さんは私を強く抱きしめた。傷に障らないよう、優しく。ふわりと高貴な香りが鼻を掠める。
「…暑苦しい、です。佐々木さん」
「我慢してください。私は今あなたを感じていたいのです」
なんだかおかしくて静かに笑うと、佐々木さんも表情を和らげた、気がした。じわりじわりと感じる熱に心底安心してしまった私は、佐々木さんの腕の中で意識を手放した。
「私は早急に彼女を病院へ連れて行きます。そのまえに」
カツカツ。異三郎は手錠で捕縛されている一人の攘夷志士に菜々緒を抱えたまま近寄った。
「あなたですね。彼女に傷を負わせたのは」
「テメェの女じゃないんだろ?だったらいいじゃねーか」
「ええ、私の女ではないです。"今は"」
二発の銃声が、部屋に響く。周りの隊士と、たった今到着した真選組の三人がその光景を見て唖然とした。異三郎が攘夷志士の肩と腕を拳銃で撃ちぬいたからだ。
「ぐああっああああ!」
「私にとってこの方は大事な人に変わりありません。彼女の痛み、少しは感じることが出来ましたか。なんならこの場で楽にして差し上げてもよいのですが無抵抗な人間を殺すのは何かとまずいんで。一応警察ですから」
「後は頼みましたよ」と部下に指示を下し、異三郎は菜々緒を抱えて廃ビルを後にした。
そんな彼の背中を部下たちはしばらく棒立ちで見つめていた。
06 ひっつかないで暑苦しい