今日の私はちょっぴりついてない。私の番でもないのに次誰からか忘れたからという理由で銀八先生に日直当番を押し付けられたし、お弁当を持ち忘れるし、沖田君と神楽ちゃんの喧嘩に巻き込まれるし。とにかく、ついてない。
放課後の教室は騒がしいクラスメイトは一人もいない、静かな空間。外を眺めれば野球部やサッカー部が汗を流しながら青春の1ページを刻んでいる。そんな彼等を見てから、再び机に広げられた日誌に取り掛かった。
どうせ押し付けられた身。てきとうに書けばいいと思うけど、私の良心が何故か痛むので端から端まで感想を記す。欠席人数はっと…。シャーペンを書く手が止まる。今日…いや、いつも欠席している人の顔が私の頭の中に浮かんだ。

たかすぎ、しんすけ…くん。

彼はあまり、学校には来ない。同じクラスになってから顔を見たのは両手で数えて足りるくらいだ。喋ったことなんて1度もない。だから高杉くんのことはあまりしらない。噂では沢山彼のことを耳にする。それはあまりいいものではない。目が合えば殴られ、暴走族とも喧嘩をよくやっているやら、女をとっかえひっかえ相手しているやら、少年院に入ったことがあるやら。あまり確証のないものばかり。

私は話したことがないから、なんともいえない。噂に流されるのはあまり好きじゃないし。そう思いながら、欠席者のところに高杉と記した。あれ、しんすけって、どう書くんだっけ。伸介?晋介?何か違うような。うーん。私が高杉君の名前の漢字で悩んでいると、教室のドアががらりと開いた。誰かが忘れ物でもしたのかな。それとも私が日誌書くのあまりにも遅いから銀八先生が文句言いに来たのかな。そう、頭の中で予測しながらドアのほうに視線を向けた。

そこには、見慣れない生徒。でも確実に同じクラスの、高杉くんがいた。





「……」
「……」



えーと……、なぜこんな時間に高杉君が学校にいらっしゃるんだろう。まず最初にそう思った。授業も出てなかったし、もう放課後だ。
高杉君は私を凝視したまま一言も喋らない。気まずい、非常に気まずい。
私はこの空気に耐えられなくて、口を開いた。


「た、高杉くん。どうしたの?」


どもってしまった。けど高杉君はあんまり気にならなかったようで教室に足を踏み入れながら言葉を発した。


「忘れもん」


忘れ物。それはいつから教室に放置していた忘れ物ですか。そんなこと思っても口に出すことは出来なかった。噂に流されるのは好きじゃないといっても、その噂を真実だと思わせる怖いオーラを高杉君はもっていた。


「そ、か……」


これ以上喋りかける話題もない私はわざとらしく日誌に視線を戻した。……あ、そういや私はさっきまで高杉君の名前の漢字が分からなくて悩んでたんだった。後ろではロッカーを漁る音が聞こえる。
どうしよう、聞こうかな。でも、名前の漢字分からないなんて失礼じゃないだろうか。でも分からないままだと日誌が書き終わらない。
私は意を決して、再び高杉君に視線を向けた。



「た、高杉くん!」

「あ?」



行為か分からないけど、ドスの利いた声に多少なりともびびってしまった。私は平然を努めて装い、言葉を繋げた。


「高杉くんの下の名前、どうやって書くの?」

「……」



何故か訪れた沈黙に内心冷や汗が止まらない。やっぱり失礼だったかな。怒らせたかな。殴られるかな。いろんな不安が脳を渦巻く。ごめんなさい、馬鹿でごめんなさい、知らなくてごめんなさい。取り敢えず心の中で謝った。申し訳なくて目もあわせられません。俯いていると、机に影が差した。驚いて顔を上げればそこには高杉君の顔が至近距離であった。
驚いて口を金魚の如くぱくぱくしている私を他所に、高杉君は私からシャーペンを少し乱暴に奪う。


「こうだ」


さらさら。日誌の端っこに書かれた高杉君の名前。

晋 助

想像していたものより、ずっと整っていて綺麗な字だった。



「ありがとう……」

「ああ」 高杉くんって噂に聞くほど怖くない、かも。私は心の中でそう思った。
だって、こんなに丁寧におしえてくれたんだもん。そっと顔を上げれば高杉君と視線がばっちり交わった。



「おまえ、俺のこと怖くねーのかよ」

「……へ?」



まさか本人にそう聞かれるとは思わなくて思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。なんて答えていいか分からない。でも、私は思っていたことを言った。



「怖くないって言ったら、嘘になるけど。悪い人とは思わないかな」



私がそう言えば高杉君は一瞬目を見開いた。かと思えばくくっと咽で笑い出す。わたし、なにか変なこと言ったかな。



「おもしれーな、お前」



何がでしょう。私の中には沢山のくえすちょんが飛び交う。おもろい、といわれる原因がまったくわからないから。それでも、別にいいかななんて思った。高杉くんが笑っているところ、初めてみた衝撃が、大きい。



「あ、」

「ど、どうしたの」



突然思い出したかのように声を上げた高杉くんにびっくりした私は、またどもってそう聞き返した。すると、高杉くんは持っていたものを私に見せた。



「おれ、これから塾あんだわ」



それは、そろばんだった。



「じゃあな、西藤」



そう、高杉君は言い残し、教室を出て行った。





本当に不良ですか。

(ていうか……私の名前、知ってたんだ)


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