5秒後のrainy love



・匪口16歳(高一)


本日最後の授業。現国担当の先生が子守唄のようなのんびりと優しい声で教科書を読む。内心欠伸をしながら窓に目を向けると曇天の空からポツリ、ポツリと雨が降り出していた。その様子に、私は頬杖をつきながらにんまりと笑みを浮かべる。よし、予報通りだ。
SHRも終了し、帰り支度を始める。「あー、雨とか憂鬱...」とげんなりとした表情で話しかけてくる友人に「そうだね」と全く心にもない言葉で返す。

「あんたは雨の日になると嬉しそうだね」
「えー、うん、えへへ」
「変なの」


変とは、失敬な。普段の私なら非難の一つや二つ上げるところだけど、今日はそんな些細な事では気を荒立てることもない。友人に「また明日」と挨拶をしてから図書委員の当番を小一時間程こなし、玄関へ向かう。傘をさして帰宅する生徒が疎らにいる中、昇降口で立ち止まった。依然と雨が降りしきる中、私はどくどくと心臓を踊らせる。私の手には傘はない。勿論、今日は午後から雨の予報だったのをバッチリ知っていたのにも関わらず、持ってきていないのだ。忘れたわけじゃない。これはまさに、計画的犯行なのです。
少し離れたところから紺色の傘をさし、ピンクと白のボーダー柄の傘を手に持った男の子がこちらに向かってくる。まさしく、待ち望んでいた彼だった。

「ゆうや!」
「ん」

私の前まで歩いてきた結也は不機嫌そうな顔で私のお気に入りの傘を差し出す。それを両手で受け取り、笑顔でお礼を述べた。

「アンタさ、なんで傘忘れんの?毎回おばさんに頼まれるの俺なんだけど」
「えへへ、ごめんごめん。女の子の朝は何かと忙しいからつい忘れちゃうの」

なんて、言い訳を述べるのはいつものこと。そして結也が呆れた溜め息をつくのも。そんな態度も慣れっこで、特に気にすることもなく傘を広げ、横並びで歩きはじめる。
結也は所謂幼馴染という奴だ。家が近所で、昔から一緒。幼稚園も小学校も、中学校ももちろん同じ学校で、部活のはいらない私たちは毎日登下校を共にしていた。中二の時に「お前ら付き合ってんの?」と男子数人にからかわれて、少し距離を置かれた時は本当にショックだったけど。数ヶ月後にはまた元通りになった時は凄く安堵したのを今でも覚えている。
そんな紆余曲折ありながらも毎日顔を合わせていた彼と、高校が別々になってしまった。親の意向で女子高に通うことを余儀なくされた時は泣き腫らしたものだ。結也と別の学校に通うなんて、私の人生設計の中には予定されていなかったのだから。

「結也は、私と学校離れても寂しくないの?」
「全然。全く。これっぽっちも」


その言葉に深く傷ついた。私は小さい頃から結也が好き。勿論、恋愛的な意味で。でも結也は昔から私になんて興味が無い。むしろ女の子に興味が無いのかと思う。中三の時、隣のクラスの可愛いと有名だった弘田さんに告白されても即答で断ったらしいし。結也に彼女ができないのは私にとっても唯一の救いだ。
傘を少し傾けて隣の彼を見る。また、少し背が伸びたみたい。体つきもどんどん男の子らしくなって、かっこよくなっていく。そう感じる度に不安になってること、結也は気づいてない。結也と一緒に過ごすためにこうやって態とらしく傘を忘れたふりをして、迎えに来てもらうしか思いつかない私の気持ちなんて、わならないよね。

「ねー…結也」
「なに」
「最近、さ、学校どんな感じ?友達できた?」
「まー、ぼちぼち」
「そっかー…じゃあ、彼女、とかは?」

本当は聞くのが怖いのに、勝手に言葉をつなげるこの口のなんと愚かなことか。傘で結也の顔を隠しながら傘を握る手に力が入る。「彼女が出来た」って言われたら、多分泣く。そんな私を揶揄からかうように「さあ」とだけ返してきた。

「さあって…いるの?いないの?」
「どっちだと思う?」
「え、じゃあ、いない!」

予想というより最早それは私の切なる願望である。はっきりしない結也に焦る私を見て、「バーカ、いないよ、そんなの」とカラカラ笑う。
やっぱり揶揄われてた…。安心したけれど、やっぱりムカつく。1人むくれてると「お前は?」と返される。仕返しとばかりに「どっちだと思う?」と挑発的に聞くと、「いるわけが無い」と言われた。

「いるわけが無いってどういうこと!」
「だってアンタに出来るわけねーじゃん」
「はあ!?そう言うそっちこそ出来るわけないよね!結也みたいに女心が分からない男なんかに!」
「は?意味わかんねーし」

殆ど喧嘩状態の私たち。もう、こんな言い合いするために一緒に帰っているわけじゃないのにな。そう思いながらも口は止まらない。あまりにも私の気持ちに気づく気配のないこの男への不満が、爆発したみたいだ。

「だって、毎回馬鹿みたいに傘をわざと忘れる私の気持ちなんて、結也にはわからないでしょ」

言ってしまった。捲し立てるようにそう告げてしまった私を、驚き顔で固まったままこちらを見る結也が視界に入る。もう巻き戻しはできない。いくら恋愛に鈍い結也でも私の気持ちが伝わっただろうか。怖い。怖い。この関係が崩れてしまうことが。

「ごめん!変な事言った…私先に帰るね!」

戻れないのなら、無かったことにしよう。俯いたままそう叫ぶように告げて走り出す。ぱしゃり、ぱしゃりと道に溜まっていた雨が跳ねる。制服についてしまったかもしれないけど、それを気にする余裕は無かった。

「じゃあアンタにわかるのかよ!」

結也の大きな声に、無意識に足が止まる。必死な様な、焦っている様なその声に、ゆっくりと振り返る。結也の表情は紺色の傘が邪魔をして伺うことは出来なかった。

「傘を忘れたふりをするお前を馬鹿みたいに毎回迎えに来る俺の気持ち、アンタにはわかんないだろ」
「それ、どういう」
「自分で考えれば」
「え、ちょ、結也!」

早足で私の横を通り過ぎる結也。すれ違いざまに見た彼の耳は、確かに赤色だった。

「待って!待ってってば!」
「うるさいんだけど。てか何で傘閉じてんの」
「いーじゃん、べつに」
「せまい」

突然傘の中に入ってきた私にそう言いながらもこちら側に傾けてくれる。そんな優しい彼に私が「好き」と伝えるまで、あと5秒。





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宇佐見様企画
「また19歳」に提出。













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