うるさいバカ、黙ってそばにいろ





「そうだ、死のう」
「いきなりなんだ」



休憩中、珈琲片手にある事で悩んでいた私は一つの回答を導き出し一人スッキリとした気分になっていると、何やらその答が気に入らなかったのか笛吹さんが茶々を入れてきた。なんですか笛吹さん。こんなにも平和的で誰にも迷惑が掛からない答はこれ以上ないでしょうに。これだからエリートは。





「そもそも何を考えた末その結論に至ったのか、過程が知りたいものだな」
「知りたがりだなぁ」
「自分の部下が死のうとしているのをはいそうですかと見逃せるわけあるか馬鹿者」
「その優しさにキュン」
「いいから話せ」




私の戯れ言に対するスルースキルはんぱないなこの人。そりゃ5年以上共に働いていれば自ずと身に付くものなのか。まあ、今はそんなことどうでもいい。目下の問題は別にあるのだから。




「私、今いくつですか」
「29だと思ったが。それがどうした」
「私の彼氏、ヒグチはいくつですか」
「……19だな」
「犯罪じゃん」
「……1年も交際しておいて今更な事だな」





そう、今更なんです。ヒグチの猛アピールの末、晴れて恋人同士になった日からわかってたことなんですよバーカ。でもヒグチは年の差なんて気にしないって言ってくれて、私もだんだん気にならなくなってきた。要因としては、ヒグチは子供っぽさは残っているけど、社会人なだけあって何処か大人びた所もあるからだと思う。
だけど、この前でファミレスに入った時、店員さんに

「兄弟ですか?仲いいですねぇ」

と、言われたのだ。面と向かってそう言われたのは初めてで、なんか、ガツンッとショックを受けた訳です。俺達が良ければ歳なんてかんけねーし、と笑うヒグチに私はあの時「そうだね」と上手く笑い返せていただろうか。
ヒグチも気を利かせてそう言ってくれただけで本当は恥ずかしかったんじゃないのかな?私と付き合うことで恥をかいているんじゃないのかな?私なんて、存在しない方がいいんじゃないのかな?そうだ、死のう。


「いやだから何故そうなるのだ!!」


今日の笛吹さんはツッコミが冴えている。



「貴様のせいだ!……お前はなぜそうもネガティブなんだ」
「ポジティブな生き方が解りません」
「要は前向きにだな……」
「前が見えません」
「はあ、今のお前に私が何を言っても通用せんようだな……おい!隠れてないで出てきたらどうだ」




何言ってんの笛吹さんは馬鹿だなあ。私は別に逃げも隠れもせずあなたの目の前てコーヒーを啜っていますよ。しかしその言葉は私に対してではなくドアの影からひょっこり現れたヒグチへのものだと気づいた瞬間、珈琲を吹き出してしまった。あ、笛吹さんにかけちゃった、ごめん。




「貴ッ様……!」
「すんません」
「ねえ、さっきの話、全部聞かせてもらったけど」



え、全部?私のネガティブな発言も全て聞いてしまったというのか。どうしよう。「やっぱお前みたいな根暗なババアと付き合うの恥ずかしくなった、別れよう」とか言われたら一生立ち直れない。それこそ本当に死んでしまう。やだやだ、聞きたくないと耳に両手を当てて音を遮断する。視線だけ動かすと、笛吹さんがそそくさと休憩室を出ていくのが見えた。……裏切り者。


「なんで耳塞ぐんだよ」
「あわわわわ」
「子供かッ!いーから聞けよ!」




手首を決行な強さで掴まれ、耳から外される。やめてよヒグチこれ以上弱った私の心をいじめないであげて。思わず涙目になる私に、一つのため息を漏らす。呆れた?ババアのくせに子供みたいにすぐ泣く私なんてキモイ死ねって思った?




「あんたのネガティブなんて今に始まったわけじゃないし今更とやかくいうつもりは無いけどさ、」
「う……、」
「少しは自信もてないわけ?」
「……なんの自信?」
「俺にスゲー愛されてるっていう自信!」




あんま恥ずかしい事言わせないでくんない、 と少し頬を赤らめて言う彼に私もつられて熱を帯び始める。
ヒグチはあまりそういう類の言葉は言わない方で、だからか余計に胸が締め付けられた。……嬉しい、すごく嬉しい。私もすげーヒグチを愛してる。だけど事は気持ちだけの問題でもないような気もする。



「でも、だって、」
「…………あーもー!」




うるさいバカ!黙ってそばにいろ!







そう怒鳴るように叫ぶと少し強引に抱き締められた。力強く、暖かい抱擁に何かが満たされていく感覚を覚えた。
どうしよう、ヒグチ。そんな事言われたら……一生あんたから離れたくないって思っちゃったじゃんか。どう責任とってくれんのよ。





「世間一般ではこうやって責任取るものなんじゃない?」





そう言って私の左手薬指にはめられたそれは、世界で一番綺麗だと思った。そして、また泣いた。ヒグチは「泣き虫」と言って、優しく笑う。






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宇佐美様主催
「また19歳」に提出させていただきました。







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