ひたいくっつけてナイショのおはなし





愛しい…なんで感情、誰かに教わったことなんてないけど、きっとあいつを思う感情はきっとそういう気持ちなんだろうって…最近思うようになった。




「あ、ひぐちさんだ!」





人通りが多い交差点でやけに響く声が俺の鼓膜を震わせる。気のせいかと思ったけど、それを否定したい自分がいて、ゆっくり振り返ってみると天に輝く太陽と同じくらい眩しい笑顔のあいつがいた。







「よっ」

「こんにちは、今日はお仕事お休みですか?」

「ま、そんなとこ」






実は笛吹さんの監視をくぐり抜けて絶賛サボリ中、なんて、こんな生真面目なこいつにいったら幻滅しかねないからなんとなく答えを濁した。そんなテキトウな答えでも満足したのか柔らかい笑みを浮かべる。そんな表情に人知れず胸を高鳴らせた。


ーーーこいつは桂木の事務所で雑用をしている、桂木の友達。最初にあったのも桂木を通じてだった。最初にあったときの、あの笑顔に、もう俺の心はかっさらわれていった。恥ずかしいからぜってー言わないけど。


こいつは一言で言えば、お人好し。俺が親がいなくて一人暮らしをしているって知れば「作りすぎた」といって煮物やカレーを持ってきてくれたことは記憶に新しい。正直偽善者だな、と思う。だけどそんな気持ちが、なぜかすごく嬉しかったのも事実だ。




「ひぐちさん、これからお暇ですか?」

「とくに用はないけど、なんで?」

「新しいパソコンを買おうと思うんですけど、何がいいのやらさっぱりで…良ければ一緒にえらんでくれないかなー…なんて思うわけでして」

「なんだ、そんなこと?全然いいし。アンタの頼みなら、なんだって叶えるさ」

「ふふっ、ありがとうございます」





さりげなーくアピールしてるつもりだけど天然なこいつが気づくわけもなく、こりゃ手ごわい相手を好きになったもんだとひとりため息を吐いた。





「キャァアアアアア!!」







それじゃ、近くの電気屋さんに行こう。そう話して歩みを勧めたとき、すぐ近くから大勢の悲鳴があがる。その尋常ではない雰囲気に二人で顔を見合わせた。






「な、なにがあったんでしょう」

「あんまりいいことではないことは確かだね。
遠回りだけどこっちから、」









振り向いて目を見開く。ナイフを持った男があいつに向かって走ってきている姿が視界に入ったから。
それからはほとんど条件反射のように体が動く。あいつを強い力で押しのけて、代わりに俺の腹にナイフが刺さる。それはまるでスローモーションのように流れる。気づけば泣きながら俺を呼ぶ愛しいやつの顔。

ははっ…人生最後にコイツの顔が見れるなら、これ以上の幸せはないかも。

俺はゆっくりと目を閉じた。








ーーーーーーーーーーー
















俺は死ななかった。自分でも思うけど、ゴキブリ並みの生命力だ。一瞬死を覚悟したけど、やっぱり心の底からほっとしている自分がいる。




「ひ、ぐち、さん」

「ブサイクな顔…なんでそんなにないてんの?」

「だ、て…しんじゃったかと、おも、って」




だって、生きてないと、こいつに触れることもゆるされないんでしょ。そんなの天国にいたって報われない。





「連続通り魔犯に刺されたお前は3日間眠り続けていた、心配するのも無理はないだろう」

「あれ、笛吹さんいたの」

「貴っ様…まあ、いい。2週間は入院することになるだろう。仕事はこちらに寄越すからせいぜい頑張ることだな」

「はいはい」






相変わらず素直じゃない笛吹さんに苦笑いを返して見送る。心配してたならしたっていえばいいのに、ほんと損な人間だよね。







「それより、あんたはいつまで泣いてんの?」

「うっ…」

「それは俺のための涙?うぬぼれてもいいの?そんなに泣くほど俺のこと想ってるって」

「ひぐちさんは、私にとって、とても、大切ない人です。その気持ちに嘘は、ありません」

「……その言葉が聞けただけでじゅーぶん」






ちょいちょい、と指で顔を近づけるよう指示する。泣きながらも首をかしげそっと顔を俺の方に寄せる。
そのままその柔らかな頬に両手を添えてそばに寄せると、お互いの額をくっつけた。




「約束する。あんたが死ぬまで俺は死なないし、そばを離れない。一生守っていきたい…そう思う」

「……へ、」

「いくら鈍感なあんたでも伝わった?」






真っ赤になったその頬に、俺は柔らかくキスを落とした。









*ひたいくっつけてナイショのおはなし
「また19歳」に提出させていただきました






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