ヤキモチ焼いたけど食べるかい?



「悪い!今日の事件俺が必要みたいなんだ。だから約束のあれ、」

「うん、わかった。お仕事頑張ってね」




電話を切った後、深いため息を吐く。今日は彼氏の結也くんと放課後デートをする予定だった。

新しくできたケーキショップにいこうねって約束したのに。

結也くんの、バカ。

分かっているつもりだった。結也くんは見た目は少し幼さが残っているけど社会人だから、高校生の私なんかと違って忙しいって。だけどこうやってドタキャンされたのは何回目だろう。

そういえばもう何日も結也くんに会ってない気がする。最後にあった日すら思い出せない。でも今でも結也くんと付き合ってるのは、やっぱり結也くんのことが好きだからで。別れる気なんて私には無い。だから、我慢しなきゃいけないの。結也くんと離れないようにするためには、そうするしかない。そう自分に言い聞かせた。



なのに、その翌日。私は知ってしまった。


「昨日事件に協力したお礼にヒグチさんに駅前のケーキ屋さん奢ってもらった」


そう話したのは、友人の弥子だった。女子高校生探偵として有名な彼女は度々警察の捜査に協力していたのは知っていた。その繋がりで結也と知り合いだっていうことも。

それでも、許せなかった。

その店は私と一緒に行こうって言っていた場所じゃない。なのに、なんで弥子ちゃんと一緒に行ったの?いや、弥子ちゃんがその店がいいって言ったのは簡単に予想できるのに、私の今日中にはどろどろとした嫉妬心が溢れて止まらない。

そんな気持ちをうまく消化することも出来なくて、結也くんからのメールも電話も、応じることが出来なかった。

今はただ、結也くんに関わりたくない。話したくない。

今結也くんと話したら、きっとひどいこと言っちゃう。

携帯を鞄の奥底に入れ、玄関に向かう。正門までの道のりをとぼとぼと歩いていると、門によしかかっている人を見つけた。

その姿は、今は見たくなかった、大好きな彼だった。


「ゆう、や、くん」
「……なんでメールも電話も返さなかったわけ」
「……」


結也くんは眉を寄せ、目尻を上げて私を見た。私じゃなくてもわかるほど、結也くんは怒っていた。

そうだよね、メールは何十件も来てたのに一通も返さなかったし、電話もかけなおさなかった。怒って当たり前だよね。

そう思う私とは別に、冷酷な言葉が私の心を渦巻く。



私との約束を破って

弥子ちゃんと二人で行った

私より先に

私より弥子ちゃんを優先した

凄く楽しみにしてたのに

結也くんなんて

結也くんなんて…!



「…いま、結也くんとは話せない」

「は?何言ってんの。理由言わなきゃわかんないだろ」

「…分かんないの?」

「全然心当たりが「昨日私との予定はキャンセルしておいて」」

「あれは事件が、」

「弥子ちゃんとケーキ食べに行って、楽しかった?」

「!それは……」

「今は結也くんの顔、見たくない」






それだけ言葉をぶつけると結也くんの横をすり抜けて走り出した。

今はただ、結也くんのいない、遠いところへ逃げ出したい。




汚い、この感情が。

醜い、私の心が。




分かっているはずなのに。

事件に協力してくれた弥子ちゃんにお礼するためにその店に行ったってことくらい。

そんなの、簡単に想像できる。

なのに、嫉妬心に身を任せ、結也くんを傷つけた。





最低だ、私…。




こんなんじゃいつ別れを切り出されるか、時間の問題だ。

仕方ない、よね。

だって私はこんなにも、嫌な人間なんだから。






その夜、枕に顔を埋め、声を押し殺しながら泣いた。

泣いて泣いて、声がかれるまで、泣いた。

気づけば夜は明けていて、鳥の囀りが外から聞こえてくる。

目は腫れていて、きっと真っ赤になっているだろう。

こんな顔、友達にも見せられない。

それに、こんな気持ちのまま学校に行って弥子ちゃんにあったら、何を言ってしまうか分からない。

学校に連絡もいれず、私は人生で初めて学校をさぼった。






友達からは「大丈夫?」とメールが何通か届いた。それにとりあえず「大丈夫だよ」と返信して、天井を見上げた。

こうして自室に閉じこもっていても、只々後悔の気持ちと、自分の醜さにどんどん心の芯から暗くなっていく。

今はただ、少しでもこの気持ちから逃げ出したい。その一心で、私は家を出た。

行くあてもなく、ぶらりぶらりと街路を歩く。

平日の、しかも午前中に見るからに学生の私が歩いていたらきっと不良に思われちゃうのかな。

なんて、一人思いながら公園の前を通り過ぎた時だった。

後ろから、少しだるそうな声が聞こえた。



「誰かと思ったら……今日は学校のはずだけど」

「笹塚、さん」



後ろを振り返るとくたびれたスーツを着ている男の人、笹塚さんがいた。

笹塚さんは私の顔を見て少し目を見開くと、何かを考えるように視線を少しずらした。




「なんかあったみないだな……今回は特別。ちょっと座ろうか」



親指を公園のほうに向けてそう言う笹塚さん。小さくこくりと頷いた私を横目で確認した後、中にあるベンチに向かって歩き出した。私もそれに続いて公園に入り、ベンチに座った。

笹塚さんは一人自販機のほうに向かい、やがて2つの缶を持って戻ってきた。



「コーヒー飲める?」

「はい……ありがとうございます」

「ん」




差し出されたコーヒーを受け取り、両手で持つ。横にある程度の距離を開けて笹塚さんが座る。

カチリ、とライターで火を出し、煙草の先端に灯す。その一連の動作を眺めていると笹塚さんの灰色の目が私に向いた。





「…で、何かあったの。匪口と」

「……はは、笹塚さんには何でもお見通しなんですね」



無理に笑顔を作ってそういえば、笹塚さんは紫煙を吐き出しながらも私の事を見つめる。

無気力そうに見えるその瞳の奥にある優しさや暖かさを感じ、私はいつの間にかすべてを話していた。

言葉に詰まりながらも少しずつ話す私を、笹塚さんはただ黙って聞いてくれる。





「なるほど、な」

「私、汚れてますよね。こんなの只の醜い嫉妬です。結也くんが弥子ちゃんに恋愛感情を持っているわけじゃないのは分かっているのに。弥子ちゃんだって結也くんを好きじゃないって知ってるのに、なのに…、わたし…っ」

「いいんじゃない」




目から涙があふれ、嗚咽交じりにそう言う私に、ばっさりとそう返した笹塚さん。

あまりにもあっさりとした言葉に私は顔を上げて笹塚さんの顔を見た。





「そういう感情って、たぶん人間ならみんな持ってる。匪口のことを好きなら、それはあたりまえだと思う。だから自分を汚れてるとか醜いとか思わなくていいよ」

「ささづか、さん……」



笹塚さんは口元を少し緩めて、私の頭を撫でた。子供をあやすように。今はその大きな手が、とても安心感を与えてくれた。

私のこのどす黒い感情を、肯定してくれた。おかしくないよって…。

「ありがとう、ございます、笹塚さん」

「ん……丁度いいタイミングだな」
「え?」




公園の入り口のほうを見ている笹塚さんの視線を追って見れば、そこには息を切らした結也くんがいた。




「ゆうや、くん?」

「…っのバカ!学校無断欠席したうえ家にいないっていどういうことだよ」

「な、なんでそのことを知って…」

「…桂木がお前を心配して俺に知らせてくれたんだ」

「弥子ちゃん……」




私は弥子ちゃんに勝手に嫉妬してたっていうのに、弥子ちゃんはただ純粋に私を心配してくれていた。申し訳なく思う反面、その優しさがただ嬉しかった。



「それに、なんで笹塚さんと一緒なんだよ」




気に食わない、といったように笹塚さんを睨み付ける結也くん。だけど笹塚さんは我関せずといった感じで視線を遠いところに向けていた。
それが気に入らなかったのか結也くんは口をとがらせた。そんな子供じみた態度をとる結也くんに一度視線を向けた笹塚さんは小さくため息を吐いた後、ゆったりとした足取りで公園の出口へ向かう。




「ま、後はお前たちで話し合いな」


背中を向けながらも手を軽く振ると、笹塚さんは公園を出て行った。私たちの間には重い沈黙だけが残る。

どう声をかけようかと悶々と悩んでいる私に結也くんは静かに口を開いた。



「……で、なんで笹塚さんが一緒だったわけ」

「……一人で歩いてたらたまたま会ったの」

「……あそ」

「……」

「……」

「「あの、」」

「ゆ、結也くんから」

「いや、お前から」

「……」

「……」 





「「ごめん」」




(なんで結也くん謝ったの?私がヤキモチしてただけだから)
(あれヤキモチ?…まあ、それは素直に嬉しい)
(……馬鹿)





ヤキモチ焼いたけど食べるかい?




宇佐見さま主催

また19歳に提出します。





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