野菜も食え



ぽかぽかと暖かい陽気が私達を照らし、そよそよと心地良い夏風が間を通りすぎる。
ここは警視庁の敷地内にある中庭。そこにある2人で座るには少し大きいくらいのベンチに腰掛けていた。私の隣にいるのは特例で最年少にして情報犯罪課に勤務している私の後輩、ひぐちゆうや。私は捜査一課の人間。こいつとの接点はまるで無いんだけど、笛吹さんになにやら気に入られている私は彼に奴を紹介され、何だかんだで共に過ごすのが多くなった。今日は、いや今日も私は手製の弁当を匪口に渡し、2人でゆったりとそれを食していた。



「あ、にんじん入ってんじゃん」
「当然です。栄養バランスを考えてますから」
「俺がにんじん嫌いなのしってるよね」
「あれれ〜そうだっけえ?」



むかつく。そう一言言って匪口はちょいと人参を箸で摘み、目の前まで持ち上げ、忌々しそうに睨み付けた。その姿がやっぱり子供らしくて肩を震わせてけたけた笑えばさらに不機嫌さを増した。



「………」
「言っておくけど残したらもうお弁当作ってあげないから」
「せこい」



何とでも仰い、と言って自身のお弁当箱に入っていた人参をこれ見よがしにぱくり。あーおいしいおいしい。おっ、匪口の眉間の皺に一本の線が出来たぞ。あれじゃ将来笛吹さんみたいになってしまうよ。と要らない心配をしていると、匪口はあろうことか私のお弁当箱にぺいっと人参を放り投げてきた。



「ちょ、なにしてくれてんの」
「ほんとムリ、俺人参アレルギーだからさ」
「真顔で嘘言ってんじゃないよ!」



ばれたか。下をべっと出して挑発的に笑う匪口に自然と口元が轢きつくのを感じた。本当に子供臭い。パソコンを操る匪口はあんなにも素敵でかっこいいのに。そのギャップに惹かれているのも事実だが。



「よし、分かった。こうしよう」
「いきなり何」
「これ食べたら私がちゅーしてあげる、ちゅー」

これは120パーセントの冗談である。ただ匪口がどんな反応をするのか楽しみなだけの気がするが。お子ちゃまらしく顔を真っ赤にして「な、なにいってんだよ!」と怒ると予想。私の中の匪口は大体こんな感じ。さあ、どうかな。と匪口の様子を窺えば、やつは妖しく笑っていた。何かをたくらんでいるように。……よ、予想外。



「ふーん」
「いや、あのね匪口くん、これは」



私の弁解を他所に匪口は私のお弁当箱に入っていた(てかさっき自ら放り投げた)人参を箸で摘み、口の中へ放り込んだ。…食べた。食べちゃったよこの子。よほど御口に合わないのか終始しかめっ面で噛み砕き、ごくりと喉へ流し込んだ。するとさっきまでの苦い顔はどこへやら、再びにっと笑う。



「ちゅー、してくれるんでしょ」
「いや、えーと……」
「じゃあ俺からしちゃうよ」



そういうと匪口は私の顎を掴み、顔を近づけてきた。え、まじか。私は咄嗟に目をぎゅっと瞑り、覚悟を決めた。しかし想像した感触は感じず、そっと片目を開ければ肩を震わして笑う匪口の姿があった。



「…っ本気にした?」
「!!おおおお、大人をからかうんじゃありません!」



期待してしまった、なんて口が裂けてもいえない!匪口とならしても良かった、なんて口が裂けてもいえない!頬がじわじわと熱くなってくるのを感じながらも匪口をきっと睨む。匪口は突然笑うのをやめて、少し悲しそうに瞳を揺らした。



「もう、子ども扱いすんのやめて」
「ひ、ぐち」
「ちゃんと一人の男として見てよ」



あまりにも切羽詰った様子に、私は思わず目を見開いた。匪口のこんな顔を見るのは初めてで、どう返答していいか分からなくなる。だけど、起動している一部の脳で考えた。そう、私の気持ちを伝えればいいのだと。



「ちゃんと見てるよ」
「え」
「好きだよ、匪口」
「……こんなの、反則」




そういった匪口は前髪をくしゃりと握り、顔を赤くしながらも嬉しそうに笑っていた。どうやら私の選択肢はあっていたようだ。



「俺も好きだよ」
「うん、ありがと」



年下の彼は随分と大人になっていたみたいだ。こんなにも、魅力的な笑い方をするなんて、私は知らない。どくどくと波打つ心臓は治まる気配が無い。緊張して、恥ずかしくて。だけど大人としてそれを悟られたくなくて私は口を開く。



「野菜を素直に食べたら、もっと大人になれるんじゃない?」
「じゃあ食べるごとにちゅーしてくれたらいいよ」
「普通に食え、普通に」




END




宇佐見さま企画
「また19歳」に提出させていただきました。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -