桜舞う、君思う
季節は春。
今の天気を一言で現すのなら快晴。そんな気持ちの良い日の午後、私は汚れの落ちた洗濯物を丁寧に一枚一枚干していた。
女中という職に就いている私は毎日が家事洗濯掃除の日々だった。
敷地内は凄く広いしとても大変だけど、隊士の方々が毎日感謝の言葉を言ってくれるのでそれだけで頑張れる。
だけど体は正直なもので最近疲れが酷く溜まっている。たまに貧血を起こすときもあった。
あのときは土方さんが居なくてよかった。土方さんにバレたら絶対に休めと強く言われるから。
「ふう……」
少し額に掻いた汗を袖で拭い、全部干し終わった洗濯物を眺めた。上出来上出来。自分を誉めてその場を去ろうとしたら視界がぐらついた。
「おっと」
倒れる、と理解したときにはもう誰かに支えられていた。閉じてた瞼をそっと開けば目の前には見慣れた着物が。
「危ないなー。何もないところで躓くなんて、ハナちゃんらしいよね」
「お、沖田さん!」
大急ぎで沖田さんから離れ、頭を下げた。
「すいません……!」
「別に謝らなくてもいいよ。たまたま通り掛かっただけだしね」
沖田さんの気遣いの言葉か心を暖かくした。
沖田さんは戦闘では冷徹な鬼神のようだと言われているけど私はそうは思わない。だってこんなにも、優しい。
「そうだ、ハナちゃんに見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
一体何だろうと首をかしげれば「いいから」と言って手を引かれた。
沖田さんに触れられた手からジワジワと熱が発した。一人どきどきしながらも導かれるままに足を進めた。
「──ここだよ」
「………わあっ」
辿り着いたのは屯所から少し離れたところにある並木道。そこには見事なまでの桜が立ち並んでいた。
私は言葉を失った。桜は屯所の庭にも咲いているけどこんなにも花が見事に咲いた桜は生まれて始めてみた。
そんな興奮気味の私を見て沖田さんがクスリと笑った。
「喜んでくれたかな」
「はい、とても!」
「最近ハナちゃんが疲れてるようだったから、心配してたんだ。それでこの桜を見て君が少しでも元気になってくれればいいなって思ったんだ」
沖田さんには、全て気づかれていたみたいだ。やっぱり沖田さんには叶わないなあ。
だけど、凄く嬉しい。私のためにここに連れてきてくれて。
思わず両目から涙が滲み出てきた。
そんな私に呆れたようにため息を吐いた沖田さんは人差し指で涙を掬い取ってくれた。
「ハナちゃんは泣き虫だね。そんなに嬉しかった?」
「……はい、凄く」
正直に言えば沖田さんは優しく微笑みを浮かべ、ポンポンと私の頭を撫でた。
「辛かったら真っ先に僕に言って。といっても、君が体調悪かったらすぐわかるけどね」
「沖田さん……ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」
沖田さんはゆっくりと顔を近づけ、優しく唇を私のそれに重ねた。
私はいきなりの事に吃驚して目を見開いた。
目の前には伏せられた沖田さんの瞳。睫毛が長くて、綺麗なそれにきゅうっと胸が締め付けられた。
────ああ、私はこの人が好きだなあ。
そう思って瞼をゆっくり閉じた。
少し強めの風が桜と一緒に私の恋心を乗せて、空高く昇っていった。
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