忠誠を誓おう
昨日は私がこの世に生を受けた日だった。だから何だっていうことはない。只、また一つ歳を重ねたということだけだ。
だけど、そんな日を『特別な日』に変えてくれたのは、この世で一番大切な存在でした。
彼は…リヴァイは調査兵団の兵士長を務め、日々激務に励んでいる。昨日も例外ではなく夜遅くまで会議に出席し、団長とともに壁外調査に向けての作戦を立てていただろう。しかし、彼はちゃんと私の家に訪れ、私が生まれてきたことを祝ってくれた。
その時、ぶっきらぼうに渡されたのは紫の花でした。
名前もよくわからなかったけど、それはとてもきれいで、涙が出るくらいうれしかった。リヴァイは「…泣くな」と呆れ顔で笑いながらも涙をふき取ってくれたのを鮮明に思い出 せる。
そのあとは抱き合い、お互いの温もりを感じながら眠りについた。とても、とても幸せなひと時だった。
だけど、目が覚めた時には隣の温もりは消えていて、少し悲しくなった。仕方ない、お仕事だもの。もっと一緒に居たかったなんて欲は…持ってはいけないものだから。
思考は正直なもので、仕事と私、どっちが大事なのだろうかと度々ふと思ってしまう。そんなの、天秤に掛けるのも間違っているというのに。少しだけど誕生日を祝ってくれた。それだけで十分なはずなのに…もっと、もっと、求めてしまう。
そういえば、この前の久しぶりのデートは団長に呼ばれて中止になったな。その前は訓練で。その前は…その前は。
次々に思い出される苦しかった思いが、箍が外れたように溢れだしてくる。
私、嫌な女だなあ。そう思うけど、たまに、私って本当に愛されてるんだろうか…って不安になる。
―――――私はリヴァイに相応しい人間なんだろうか。
「やあハナ!勝手にだけどお邪魔するよ」
「わっ、ハンジ!」
思考を暗黒の闇に沈みかけていた時、突然明るい声が家に響く。窓を見ると枠に手をかけて家に侵入してきたハンジの姿があった。
「もう、普通に玄関から入ってくればいいのに…」
「だって、リヴァイがいたら絶対に削がれるからね!」
「リヴァイは…いないよ」
ハンジの言葉に、また思い出してしまった。駄目だ、ハンジが目の前にいるのに、視界がぼやけてきた。
私の少しの変化に気付いたのか途端に真剣な顔で私の表情を伺うハンジ。
「どうしたの?リヴァイにひどいことでもされた?」
「違うの…なんで泣いてるんだろ、ごめんね」
「謝ることはないさ。私にとっても君は大切な人だからね」
「…ありがとう。お茶でも出すよ、座って?」
「すまないね!」
ハンジに座るよう促し、私は紅茶を入れる。さっき飲もうとしてたためお湯は湧き上がっていた。お気に入りの茶葉にお湯を注ぎいれると、ふんわりといい香りが鼻孔をくすぐる。
「…この花、ヘリオトロープだね」
「ハンジ、知ってるの?」
「ああ、私は巨人以外にも詳しいことはあるってことだよ!」
えへん!と自慢げな顔をするハンジにクスリと笑って紅茶を差し出す。私も向かいの席に腰を下ろし、ハンジと同様に花を眺める。昨日枯らさないと誓ってちゃんと花瓶に差してある紫の花を。
「ハナ、この花の花言葉を知っているかい?」
「ううん。名前も知らなかったの」
「確か…忠誠だったかな?」
「忠誠?」
「そう。あとね、もう一つあるんだけど…リヴァイはもしかしてちゃんと花言葉を理解して君に送ったのかもね」
「え?」
「もう一つは……」
「おい」
いるはずもない人の声が、この部屋に響く。それは、私が大好きで、愛しくて、大切な、彼の声。
玄関の方を見ると、眉間に皺を寄せたリヴァイがハンジを睨むように立っていた。
「やあリヴァイ!お邪魔してるよ」
「クソメガネ。俺が居ない間にハナには会うなと言ったはずだが」
「さあ、私の記憶にはないね!」
「そんなに削がれてぇようだな」
「ハナ、紅茶ごちそう様!とってもおいしかったよ!今度またゆっくり話そうね」
「それと」といってハンジは私の耳元に唇を寄せ、言葉を紡ぐ。
「もう一つは―――――――」
驚いてハンジの顔を見ようと首を動かしたときには、彼はもうこの家の中にはいなかった。恐らく立体起動で窓から外に出たのだろう。家の中にはとても不機嫌そうな顔のリヴァイと私だけ。沈黙だけが、あたりを支配する。
「おい、ハナよ。不審者を家に上げるなと言わなかったか」
「ハンジは…不審者じゃないよ」
「いっちょまえに口答えか、偉くなったもんだな」
「…ねえ、リヴァイ」
「なんだ」
「この花の花言葉…知ってる?」
「……さあな」
リヴァイはそういうと花瓶に刺さっていたヘリオトロープを一つ千切った。酷い、と言い返そうとする前にその花は、私の耳に掛けられた。
「…リヴァイ?」
「ハナ、お前をいつも不安にさせて悪かった」
「…え?」
「花を贈るだけじゃ気持ちは伝わんねえ、そうエルヴィンに言われた。だから…一度だけしか言わねえから、聞いとけよ」
「……」
優しく頬を撫でられ、熱い視線と絡む。いつもと違うリヴァイの雰囲気に、心臓は大きく脈打った。
「お前を誠実に…永遠に愛することを誓おう」
そう言うと、顔を寄せられ口付けされる。
涙が、頬を伝った。リヴァイが紡いだ言葉は、唇は、暖かくて私の心に明かりを灯す。これが、幸せっていうやつなんだ。
「私も、リヴァイだけを愛するよ…ずっと、永遠に」
「…あたりまえだ。そうじゃないと困る」
「ふふっ」
(花言葉は)
(忠誠)
(もう一つは…―――)
(――――永遠の愛)
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