俺の彼女は、病気を患っていた。そんな彼女と出会ったのが病院の売店。俺もそんときは食中毒で入院していたっけな。何時ものようにイチゴ牛乳を求めて足を運んだはいいがその時、丁度売り切れだった。売店のおばちゃんにキレた俺は大人げなく騒ぎ立てた。そんな俺に、あいつはイチゴ牛乳を差し出してくれた。


「私のどーぞ!」


その出会いから、俺は退院した後からもあいつ…美世華の病室を訪れるようになった。病人の癖に無駄に元気でよく笑うやつだった。俺はそんな底無しの明るさに惹かれてったんだと思う。


「俺、お前のこと、好きみてーだわ」


夕日に色付けられた橙色の病室の中。帰り際にポツリと何気なく伝えた。何てことのない、余裕の表情をして。だけど俺の心臓は今にも皮膚を突き破って飛び出しそうな勢いだ。


「え……うん。わたしも銀さんのこと好きっぽい」


そんな俺に美世華はそう言った。ぽいってなんだよ。そう思いながらも返ってきた言葉が嬉しくて嬉しくて、美世華を強く抱き締めた。



それから、俺たちは恋人という関係になった。だがこれといって変わったことはない。何時ものように俺が病室まで会いに行って、あいつが笑って、たくさん話して、また笑って、帰る。端から見たら恋人になんか見えないかもしれない。だが、これでいい。これで満足なんだ。

そんなある日、珍しく美世華が頼み事をしてきた。


「あのね、銀さん。わたし、桜を見に行きたいの!」


美世華は小さい頃から入院しているから桜を見たことは数えるくらいしかないらしい。しかし、テレビで見た桜があまりにも綺麗だったらしく、こうして俺にお願いしてみたという。惚れた女が見たいといっているのにそれを叶えないなんて男じゃねえ。俺は二つ返事をして美世華の担当医に外出許可を決死の思いで頼み込んだ。渋る担当医を説得し、3時間だけど許可をもらった。そんな短い時間でも美世華は嬉しい!と言って俺に抱き着いてくる。それが可愛くて抱き締めかえし、そのまま車イスに乗せてやった。そしてゆっくりとした足取りで外に出る。歩いて約10分のところに桜が満開に咲く公園に辿り着いた。


「わあ…綺麗だね」

「そうだな」



血の通いが悪い美世華の白い肌や、絹のように滑らかで美しい漆黒の髪に薄紅色の花弁が良く映える。その光景があまりにも儚げで、今にも美世華が消えそうに思えた。そう思うと背筋が凍てついた。言い知れぬ恐怖が心臓に取り巻く。怖くなったんだ。こいつがこんなにも笑顔だから忘れていた。こいつは病にかかっているのだ。病はある日突然、そいつの命を無情にも奪い取る。それを知っているから、余計に恐いんだ。



「銀さん…?」



俺は無意識のうちに華奢な美世華の身体を後ろから抱き締めていた。震える手できつく、きつく。美世華は唐突な俺の行動を不思議がりながらもそっと俺の腕に手を触れ、身を預けてくれた。その温もりが、重みが、美世華が側にいることを知らせてくれた。それに酷く安堵した。



「どーしたの?」

「なんでもねー」

「変な銀さん」




くすくすと笑う美世華の身体が揺れる。それが腕から伝わってくるのを感じながら顔をあげると、直ぐ横に俺の大好きな笑顔がそこにあった。距離にして僅か数センチ。息が掛かりそうなくらい、近い。目が会うと、お互い時間が止まったように身動きをしなかった。美世華の長い睫毛が瞬きを繰り返すのを眺める。その動作があまりにも色っぽくて、思わず恥ずかしげにふいっと顔を反らした。また、視線を戻せば顔を赤くしながらも俺の顔を見つめる美世華と目が合う。俺は意を決して美世華の正面に座り直す。肩に手を置き、また距離を縮める。触れそうになったとき一瞬思い止まったが、美世華の唇の隙間から漏れる甘い吐息に誘われるように、それを重ねた。





あの桜が咲く日に

(初めての口づけを交わした)


また連れてきてねと言う彼女に

俺はああ、と一つ頷いた


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