似た者同士




寮と高校を結ぶ通学路に一匹の猫が居着いている。
 青道の女子たちがよく構っていて、きっと、人懐こい猫なのだろうと思っていた。
 降谷は猫は好きでも嫌いでもないし、別に動物を構いたいわけでもない。
 ただ、毎日のようにその猫はそこにいて、何となく通りすがりに視線を向けるのがあたりまえのことになっていた。










 その日、降谷は一人で歩いていた。
 同じクラスの小湊は掃除当番だったから、先に寮へ戻る道を少し急ぎ足で歩く。
 青道のエースになると決めたのだから、誰よりも努力するだけの覚悟は持っている。
 少しでも早く、少しでも多く、降谷に足りないものはいつでも時間だ。
 学校にいる時間の全てを投げるために使えたらいいのになあ、なんて思いながら、いつもの癖でその場所に降谷は視線を向けた。
 ブロック塀の上に猫がだらりと身を投げ出している。
 よく落ちないなあ、と思った。
 その変にバランスのいいしなやかさが、降谷の頭の中でその人を何となく思いださせた。
「降谷」
 びくり、と肩が跳ねた。
「…………おまえ、何、んなにびっくりしてんの?」
 振り向くと、それこそ驚いたみたいに目を瞠っている人がいた。
「御幸センパイ、…」
 あなたのことを思っていたから驚いたんです、と心の中だけで思っていたら、後ろでにゃあん、と小さく鳴く声がした。
「そいつ、またいるんだ」
 少し目を細めて猫を見上げる御幸は、やっぱりどこかこの猫に似ている。
「御幸センパイも知ってるんですね」
「は?こいつのこと?」
 同じ道を毎日通っているのだから、降谷が知っているこの猫を御幸が知らないわけがない。
「こいつ、降谷がウチに入る前からここにいんだから、知ってるに決まってんだろ」
 ころころと面白そうに笑う御幸は猫みたいでいて、でも、あまり降谷の見たことのない顔をしていた。
 とん、と猫が道に飛び降り、降谷や御幸に目をくれることもなく歩き去っていく。
 何となく二人で揃ってその後ろ姿を見送って、けれど、御幸はすぐに興味なさげに視線を外す。
「俺、もう行くぞー」
 さっさと背を向けられて、その背中に猫の去っていく姿が重なった。
 似ている。けれど、似させたくない、と思う意味は何なのだろう。
「僕も行きます」
 追い付いて隣に並んで、いつもよりもほんの少し近くに寄ってみた。










 隣を歩く後輩との距離が随分と近く思えて、御幸は心の中で小さく笑った。
 降谷が見つめていた猫はもうずっと前からこの辺りで見掛ける猫で、皆が好きなように名を付けて呼んでいることを御幸は知っている。
 御幸は動物は好きとか嫌いとかは特にないけれど、引っ掻かれたら野球に支障が出るからという理由だけで自分からその猫に近付いたことはなかった。
 人懐こい猫ではどうやらなくて、毎日のように餌を与える女子たちにもあまり触らせないらしいけれど、それがどうしてなのか、御幸の足元にくっついてくることがたまにある。
 もちろん、御幸はそんな猫を足げにもしないけれど、立ち止まって撫でてやることもしたことはないのに、何を気に入られたのか、猫の方からちょっかいを掛けられている。
 一度なんて、構う女子たちから逃げてきたらしいその猫に肩まで駆け登られたこともあった。
 御幸からすれば痛いわ、見ず知らずの女子からは睨まれるわで、正直なところ迷惑でしかなかったのだけれど、彼女たちからすれば物凄く羨ましいみたいだ。
 実家で猫を飼っているヤツが言うには、御幸は舐められてるんじゃね、なのだというのに。
 実に世の中は理不尽に出来ている、と御幸は思う。
「降谷は猫、好きなのか?」
 わざわざ足を止めて猫を見上げて、だけど、撫でたかったわけではなさそうに見えたよなあ、と思いながら聞いてみる。
「……いえ。別に好きとかじゃ」
 ないですけど、とぼそぼそ言う後輩は、言葉よりはあの猫を気に入っていたようには見えた。
 降谷はちょっと考えるみたいにして、そうして口を開いた。
「毎日いるんです」
「あの猫?」
 そうだったかなあ、と思いながら、ちらと降谷を見上げる。
「毎日、姿を見掛けているとたまにいないと嫌だな、って思います」
 その感覚は共感できるほどではないけれど、想像は出来る範囲の感覚だと思った。でも。
「だから、御幸センパイ。今日はブルペンで受けてください」
 そこでだからはおかしいだろ、と呆れるように思いながら、御幸はふと先ほどの猫を思いだした。
 もしかしなくても、降谷はあの猫に似ているのかもしれない。
 御幸も自分から手を出してやりはしないけれど、降谷の方も自分の都合で寄ってくる。
「別に昨日はノースローの日だっただけで、いっつも受けてやってんだろーが」
 応えながら、御幸はくつくつと笑った。
 自分勝手でワガママな投手は、御幸は決して嫌いなんかじゃない。










 ちら、と振り向いた先で猫が大きく伸びをしている。
 傍らのその猫に似ているような気がする後輩は相変わらず随分と近い距離にいて、まるで、御幸の肩を占領したときの猫みたいだ、と思った。





同じ猫を互いに似ているかもと思う、どこか似た者同士な降谷と御幸。
素敵な企画に参加できて嬉しいです。



2011.4.3  葵菜穂


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